しなきゃいけない事リスト

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しなきゃいけない事リスト

色とりどりの衣装の中に、目に焼き付いて離れなかった彼の姿。 黒髪で背が高くて、少しだけ俯き加減で歩くクセ。 雑踏の音が消えて、彼がゆっくり歩く姿だけが視界を独占する。 『吾郎さん!』 思わず日本語で叫んだけど、気づかない。 あんなにゆっくり歩いているのに。 彼はそのまま、歩き去って行く。 『待って!吾郎さん!』 弾かれたように走って追いかけたけど、あっと言う間に消えちゃった。 まだ7歳の足じゃ無理ね。 間違いないわ、私が見間違うはずないもの。 彼もこちらに来てたのね。なんて偶然なの! 服装は身なりのいい感じだったから、貴族なのだわ。 相変わらずの綺麗な黒髪だった。 どこかで会えるかもしれない! 私が「あや」だって分かるかしら……外見がこれじゃ分からないよね。 日本語で『あやです!」って言ってみようか。 ボロボロ泣いちゃって、コリンナに心配かけてしまったわ。 図書館にも行かず、その日は家に引き返した。 「そんな事があったのか」  その日の深夜。 お父様とコリンナが、机を挟んで話をしていた。 我儘だった私が急に大人しくなって、勉強をし出したのが不思議だったみたい。 それに加えて今日の出来事。 何か病気にかかっているのかって、お父様は思ったみたい。 お父様の執務室の横が私のお部屋だから、良く話し声が聞こえるの。 「普通の御令嬢といえば、そうなんでしょうけど」 「もう3年もすればデビュタントが待っている。もう少し様子を見てみようか」 「そうですね」 貴族の御令嬢は10歳で社交界に行く最初の催し、「デビュタント」を経験する。 成長したら綺麗になりますよって、着飾って社交界にアピールするのよ。  私は……この世界に来て諦めていたから。 お父様やお母様が、選んだ相手でいいって思っていたの。 吾郎さん…こっちに来ていたなんて。 どうしよう……そう思っていた気持ちがぐらぐら揺らぐ。 前世ではそばに居れるだけで良かった。 今世では……どうするかなんて見つけてからでいいわ。 とにかく会って……でも吾郎さん、前世の記憶があるのかしら…… なかったら?急に「覚えてる?」なんて言われても困るわね。 それにまだ弥生が読んでくれた、「ラノベ」の世界なのかどうかも曖昧だわ。 本の通り進むなら、入学した学園で断罪され、15歳で死刑になる。 吾郎さんを探したいのに。 それに、この国の王太子様の婚約者になってしまうはず。 私がしないといけないのは、 ①学園に入学しないようにする ②王太子様との婚約を阻止する ③吾郎さんを探す 全ては吾郎さんを探すために、やらなきゃいけないことだ。 ①の方はこのまま勉強を頑張って、学園なんて簡単で通わなくてもいいの!って押し切ろう。死刑だけは阻止したいし。 ②はどうかな……日焼けでもしようかしら。 武術でも習ってムキムキに… いやいや、ムキムキで吾郎さんに会いたくない。 誰か適当に評判を上げて、そちらに王様の目が行くようにすればいいんじゃないかな。 ①と②をしつつ、吾郎さんを探そう。 私の事を覚えてなくてもいい。 ずっと会いたかったんだから。会えるだけでいい。 私は…お兄さんが幸せにしてくれたから。 毎日泣く私を励まして、元気づけてくれた。 その上、吾郎さんにも愛されたいなんて贅沢だわ。 なんなら、そっと遠くで見るだけでもいいの。 短い人生を強制的に終わらされた彼が、幸せなら。
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