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王太子
「殿下?!どこへ行っていたんですか?探しましたよ!」
王宮の一室に、大きなソファで頭を抱えいるのは、
この国の王太子、アレックス=ヒュウイ=ブロンディア。
今年で12歳になる。
窮屈な王宮を抜け出して、街を歩いていたんだ。
「……うるさい。少し1人にさせてくれ」
「もう、どこにも1人で行かれませんように」
呆れた顔をして、側近のレオナルドがパタンと出て行く。
『吾郎さん!』
小鳥のような声で、懐かしい日本語が飛んできた。
『待って!吾郎さん!』
これまで「日本語」なんて知らなかった。
一気に流れ込んでくる、知らない記憶。
動揺した俺は、逃げるようにその場を去ってしまった。
どうして、声の主のもとに走らなかったんだ。
瞑った眼裏に浮かんでくる彼女の笑顔。
頬を赤く染めて、本の話をする嬉しそうな彼女。
『あや……』
せめてどんな容貌をしていたかぐらい、見ておいても良かったのに。
戦争の記憶も蘇ったが薄く、あやの記憶の方が強く残っている。
「肝心な時に、動けないんだな俺は……」
いつもそうだ。あの時だって……
気持ちを伝えるのを躊躇した。
すぐそばにいたのに。
ぐずぐずしていてる間に、赤紙が。
戻ってこれないのは分かっていた。だから……
「こんな俺に好かれたって、彼女を幸せになんて……笑わせる」
今の俺はこの国の王太子だ。
願ったところで、叶うわけがない。
せめて彼女のいるこの国を、いずれ王となった時にしっかり守っていけばいい。
気付かなかった俺に、彼女はきっと絶望したに違いない。
父上や宰相たちの言う通りに、顔も知らない相手と結婚して。
……声の調子からして、俺より年下だろう。
街の娘だろうか、それとも貴族……
「馬鹿馬鹿しい、見付けてどうするつもりだ?」
忘れようと思ったが、未練がましい俺は夢に見てしまう。
足の悪い俺の叔父を手伝って、藁を叩く彼女。
遠慮がちに「おはようございます」と、配膳してくれた細い腕。
日を追うごとに、彼女の記憶だけが鮮明に思い出されていく。
投げやりになろうとしていた頃、父上から呼び出された。
「シャロイン公爵家の令嬢と、お前の婚約を決めた。娘が10歳になった時に、婚約の儀式を行う」
やはり来たか。
シャロイン公爵家なら家格が釣り合う。
もう、誰でもいい。
「はい、父上」
全てを諦め、剣術と学問に神経を注いだ。
記憶が蘇った今、算学がスイスイ進む。
日本の算学はこの世界の5年ほど進んでいることが分かると、怪しまれないよう、控え気味にした。
公務も視察も積極的に取り入れた。
彼女の事を考えないように、夢にも見ないように。
しかし、何をするにも思い出してしまう。
この前はお茶を自分で淹れる時、あやのお茶は美味かったと無意識に思い出して困った。
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