プロローグ

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プロローグ

昔から本が好きだった。 伝記ものから時代もの、恋愛ものなんでも読む。 女学校の頃も、友達と本を交換しながら読んだわ。  初恋の人とも、本が繋いでくれた。 図書館なんて洒落たものはまだなく、古本屋や貸本屋というのが主流だった。 行きつけの貸本屋さんの一人息子が、木崎吾郎さん。 2つ上の無愛想な人。 でも、本の話になると途端に饒舌になるの。 お店にある本は全て読んでいて、次の本を用意して待っているのよ。 ちゃんと私の好みに合わせて、本を選んでくれる。 「どうだった?」 これが本の感想を言い合う合図。 学校帰りのこの時間だけが、私の幸せな時間だった。 家に帰れば、家政婦のような生活が待っている。 後妻に収まったプライドの高い継母、何もできない義理の姉。 洗濯や掃除、食事の支度。 世間体があるからと、女学校だけは通わせてもらった。  そんな中、1941年12月8日。真珠湾攻撃から太平洋戦争が勃発。 優勢だと思われていた日本は、わすが1年で劣勢へと変わる。 毎日響き渡る爆音と空襲警報。 東京にしか身寄りのない私には、疎開する先もなく… 父は…私を1人、家に置き去りにして姿を消した。 「俺のトコに来いよ」 途方にくれて縁側で空を見ていた時、彼が声をかけてくれた。 「実家の田舎にたくさん本がある。退屈しないと思う」 蒸気機関車に手を繋いで乗ったわ。 兄妹だと嘘をついて。 当時はまだ男女が、堂々と手を繋いじゃいけない時代だったから。 最初の2日はドキドキして眠れなかった。 「兄ちゃんがついているから、大丈夫だ」 悪戯っぽく笑って励ましてくれる。 優しい吾郎さんに、ますます惹かれていく。 彼の実家の方々も、暖かく向かい入れてくれた。 朝起きたら彼の笑顔がある。夢のような生活だった。 そばにいられるだけで、幸せだったの。 だけど、 「赤紙が来た……」 14歳の吾郎さんにも、とうとう臨時招集令状の「赤紙」が来てしまう。 配属先は……特別攻撃隊。略称を「特攻隊」と言う。 片道の燃料とたくさんの爆弾を積んで、敵艦に追突させる攻撃が任務。 生きて帰れないことは明白。 どうして…… 「君のため、国のために…行ってくる」 そんなことを言うから、何も言えなくなるじゃない。 貴方のことが好きとも言えず、彼の綺麗な筆跡の葉書を、毎日泣きながら読んだ。 葉書には家族への気遣いや、私への想いが綴られる。 お願い、神様。私はどうなってもいいから、彼を助けて! 願い虚しく、一通の電報が届く。 <クレノウミニテセンシ> 終戦後、彼のお兄さんが遺品と共に帰ってきた。 「あまり残ってなかったが…」 片足を失ったお兄さんが、申し訳なさそうに渡して来たのは… たくさんの手紙の束。 日付の若い手紙には、どの本が良かったとか実家にあるあの本はこうだったという文面。 次第に特攻への恐怖と、それでもお国のためにと自分を奮い立たせる文面にかわる。 最後に…… 「もしも帰ることができたなら。あや、俺と一緒になってほしい」 ああ、吾郎さん。どうして今になって… 会いたい!今すぐ!吾郎さん!! 「ダメだ。君に生きてほしいから吾郎は…今会いに行っても、あいつに追い返される。俺たちは精一杯生きて、堂々と胸はって会いに行けばいい」 包丁で胸を刺そうとした手を、お兄さんに止められた。 堂々と吾郎さんに…… お兄さんと結婚して2人の子供に恵まれる。 私の想いはあの日に止まったまま。 無我夢中で生きて、生きて、生きてきたの。 気がつけば、103歳という長寿になっていた。 もういいでしょう?会いに行っても。 どんな顔をするかしら。会いたかったて言ってくれる? 私はずっと会いたかったのよ。 貴方の手紙の束は、今も大切に持っているわ。
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