第零話【その変態、変態につき──】

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   冒険者ギルドの地下に、伝説の魔導士が経営する、魔道具雑貨店があるらしい──  そんな噂話が広まったのはいつ頃だろうか。       ふと関係の無いことを考えてしまう一人の少女は、雑念を払うためかぶりを振り、真っ暗闇の道の中を、奥へ奥へと進んでゆく。 ──────────────────────  西大陸にあるイニティス王国が首都、イニス。  そしてそのイニスの中心部に堂々と鎮座する、まるで巨大な塔のように聳え立つのは、冒険者ギルド【アイギス】。  最強の冒険者と名高い【戦勇者】を輩出したこのアイギスでは、今もなお戦勇者に憧れて冒険者登録する者も少なくない。  他大陸からこの国にやってくる者も多く、それだけ【戦勇者】というものが与えてきた影響がどれ程のものなのかが伺える。 「そんなギルドの地下に、なんで私は潜っていってるんでしょうね……。はぁ……」  と、今にも消えそうなため息をつく少女が一人。  彼女の名はユリアス・グラウディウス。この世界に産まれ直した「異世界転生者」である。  トラックに轢かれそうになっていた子供を助けようとして死ぬ──という、まぁ何とも聞き飽きた死に方で転生を果たした彼女は、神様からチート能力を貰い、その年(17歳)にして冒険者の中でもトップクラスである【Sランク】の称号を得ることとなった、昨今のweb小説投稿サイトで見ない日は無いレベルの、見飽きた経歴を有している。  そんな最強の冒険者とも言える彼女が、何故一人でギルドの地下に潜る羽目になったのか。    色々と理由や経緯はあるが、まぁ単純に「共に潜ってくれる仲間が居ない」というのが一つの理由であり、経緯であった。  パーティメンバーもおらず、たった一人、地下奥深くまで壮大な冒険を繰り広げているユリアスは、上を見上げてはため息をつくのを繰り返す。    一体自分は何をしているんだろう、と。  そんな無駄な自問自答ばかりが、脳内で何度も反芻していた。 「──ダメ。落ち込んじゃダメだ、ユリアス。私はこの世界に転生した最強の冒険者……! 神様から貰ったチート能力だってあるんだから! 何が出たって、何が起きたって大丈夫! そう! 私は大丈夫……!」    ブツブツと、自身に言い聞かせるように「大丈夫」と繰り返す彼女だが、そんなことを言っている者が大丈夫な訳が無い。    大丈夫じゃないからこそ、『こんなところまで来たのだから。』    ※  それから進むこと約1時間。トータルで約3時間もかけてギルドの真下を進み続けていた彼女は、転がるようにしてその場所に躍り出た。  上がる息を必死に抑えながら、彼女は自身のスキルを発動させ、洞窟とは思えない程に開けた広大な大地の中心部にある、巨大なクレーターへと意識を集中させる。  スキル【遠視覚】。  これにより、遠くのものをより鮮明に見る事ができる。スキルにより彼女はその場所にあるものを瞳に写す。  そして彼女は呟く。「やっと見つけた」と。 「……あそこにいるんだ。かの有名な魔導士が。『戦勇者』の永遠のライバルとも言われている、あの伝説の魔導士──」  ──零魔導士・アルスマグナが……!    その瞬間、彼女は駆け出した。急斜面であるクレーターなどお構いなしに、転生時に貰ったチート能力を駆使して目的の場所へと加速する。  彼女が目にしたものはそう、「店」だった。  それも相当年季が入ってる、見た感じ駄菓子屋のような、そんな店構えだった。  何故そんな古風な店構えなのかと疑問を抱きつつも、彼女はあっという間に目的の店前まで移動する。  店前、とは言っても大きな門で遮られ、これを超えない限りは先へと進めない──彼女の目的である「店」へと到達する事はできない。  そこで彼女は、再びスキルを発動する。  スキル【ステルス】。  これにより、一定の間どんな物理攻撃であっても、どんな建物であろうと、すり抜ける事が出来る。  彼女はそれを使用して大きな門を素通りした。  これが悪いことであるとは自覚しているが、『事態』はそれどころでは無いので遠慮なく進む。 (あとで零魔導士様から直々にお叱りを受けることになったら、その時は全力で頭を下げよう……)  後になって申し訳無さが勝ってきたが、ここまで来てしまったらもう引き返せない。  彼女は覚悟を決め一歩を踏み出す。これは全て自分の為、そして。  高まる期待や不安を胸に、店へと近づいてゆくユリアス。すると少し離れた場所から、水が流れるような音が聞こえてくる。 (誰かいる……? もしかして、アルスマグナ様……!?)  目を輝かせながら、ユリアスは水の音が聞こえる方へと目線を走らせる。  胸の中にあった不安や焦燥は、高揚してゆく期待感が全て飲み込んでいった。  そこにいる。気配はある。  それに、ただならぬ力のようなものも確かに感じる。もはや確信に近い何かを感じていたユリアスだったが、  目を走らせた先にあったものを見た瞬間に、言葉を失った。    ユリアスの目と鼻の先。  そこにいたのは、彼女の目の前で堂々と水浴びをする──当然裸である──謎の変態の姿。  そしてその変態は、水浴び中に縦鏡を前にして、ポーズを決めまくっている。 「……へ?」  状況がカオス過ぎて、つい素っ頓狂な声を挙げてしまうユリアス。しかしそんな彼女の声が耳に入らないのか、目の前の変態は様々なポーズを決めながらボソボソと何かを呟いていた。    よく聞くと(聞きたくないが)「美しい……」と、何ともナルシズムを感じさせる言葉の数々が聞こえてくる。 「──美しい。うむ、美しい……。え、まさかこの角度も……!?」 「!? !!? ……!?!? え!? なに!? 誰!?」    バシャリバシャリと、どこからともなく流れ出る水に打たれながら、長い黒髪を靡かせる細身の男は鏡の前でポーズを決め続ける。     お客様がお一人ご来店したというのに、客をほったらかしにして水に打たれる変態は、天を仰ぎ声を高らかに叫ぶ。 「嗚呼!! なんて私は美しいんだ!!」と。  側から見ればただの事案である。 「おお、神よ!! 何故私はこんなにも美しいのだろう!! 悪魔的!! いや犯罪的な美しさだ!!」 「いや見たまんま犯罪ですけど!? な、何ですかあなたは!? 何を零魔導士様の店の前で堂々と水浴びをしてるんですか!? つーか誰ですかあなたは!?」  高らかに叫ぶ変態に勢いよくツッコミを入れるユリアスに、ようやく気がついたのか変態が振り向く。  ──要らない補足ではあるが、裸であるという事は当然下半身もスッポンポンである。  結果として、変態のお●ん●んがユリアスの方に向かってコンニチハしていた。 「──ッ!!?」 「む? ……おや、客人か。いやすまない、私の美しさに、つい私自身が見惚れてしまってね。故に気付くのに遅れてしまったよ。それにしても久しぶりだな、こうして客人がやってくるのも」  そう言って笑う変態は、服を着るのかと思いきやユリアスの方へと手を差し伸べる。  一体何のつもりか? 何故手を差し伸べたのか? ──そんな事よりもまず目の前の変態は一体誰なのか?  混沌とした状況の中、混乱するユリアスなどお構いなしに、変態は彼女が到底理解し難いであろう真実を突き付ける。 「久しぶりの客人だ。丁重にもてなそうではないか! ようこそ、名も知れぬ冒険者よ! 我が名はアルス! アルスマグナ・スペム・ペルフィキオ! かつては世界に名を轟かせた伝説の【零魔導士】である!!」  そう言って彼女の手を力強く掴み、「よろしく!」と告げるのだが── 「イヤァァァァァァァァァァ  変態ィィィィィィィィィィィ  ィィィィィィィ!!!」 「フハハハ!! 変態とは失礼なぶふぅぁッ!!?」  掴まれなかった逆の拳で、クロスカウンターを貰い勢いよく吹き飛んでゆくアルス。    そこは、叶わぬ願いを持つ者たちが集う店。  伝説の零魔導士・アルスマグナが経営する「願いが叶う」と噂される、不思議な店。  しかし、その噂には続きがあった。 「行けば必ず願いは叶うが……その代償として、そこに住まう変態に目をつけられる」。  そんな噂の続きなど聞き及ばないユリアスは、この日の事を後にこう語ったと言う。  ──来るんじゃなかったこんなとこ、と。
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