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がっかりした表情と共に、極度の緊張から解放された僕はようやく冷静さを取り戻す。
『休みなのか……』
店内に広がる華やかな彩の花々と、フローラルな香り。
「今日はどのようなお花をご希望でしょうか?」
「あっ……、
あの、母が誕生日で花束を贈りたくて、
あ、あの、予算が三千円ほどしか無くて、すみません」
「はい。大丈夫ですよ!」
恥ずかしながら告げた金額に対し、店長の女性は嫌な顔一つすることなく予算に合わせた幾つかのプランを提題してくれた。
「ご予算とお誕生日のお祝いと言う事で、こちらのご商品は如何でしょうか?」
差し出されたカラー写真には、幾つもの品種の花をブーケにした華やかな画像が写る。
「日頃の感謝の気持ちを込め、愛らしいピンクをベースにしたブーケを店内のお花で仕上げさせて頂きます」
ブーケの可愛いラッピングのまま飾る事が出来るらしく、花瓶へと移し替えの手間が無い分人気だと告げる女性。その仕組みを丁寧に説明していたが、僕は曖昧にただ頷きながら店の奥に君の姿を探す。
「では、こちらでお承ります。それではご希望のお届け日とご住所を――」
「あっ……、あ、はい。宜しくお願いします」
勇気を振り絞り再び訪れたフラワーショップ、仕上がりの花は後日発送連絡と合わせ、携帯に画像が送られてくる。つまりそれは、ここに足を運ぶ口実が無くなった事を意味していた。
『僕の人生は……、こんなもんだな』
「では、こちら領収証となります。ありがとうございました」
「あっ……、はい」
心の奥に抱く君への恋心、
一目……、
ただ、もう一度だけ……、
君に逢いたい、言葉を交わしたい――、
ほのかに燃えゆく初恋の炎は静かに自らの存在を跡形もなく消す様に、幕を下ろそうとしていた。
「きゃっ!」
「リンリンリン……」
「えっ……」
お店の出口へと向かう足を止めたのは、店の奥から響いた別の女性の叫び声と、小さな鈴の音。
『ドクドクドクッ……』
確かに響いたその声は――、
あの時と同じ声だった。
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