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僕を背後から見送るように、店先へと向かう店長の足の間をすり抜けながら鈴の音が近づく。
その音に引き寄せられるように振り返る自らの足元には、グレーの手入れされた艶やかな毛並み、まんまるな表情をした一匹の猫。
「ブリティッシュショートヘア……」
妹が好きだと言っていた猫種を思わず口にする。
「コラッ、ダメでしょ、リヴちゃん。ごめんなさいね、でもよくご存じですね。猫、お好きなんですか?」
「えっ……、あぁ」
おかしな事にいつまでも僕のそばを離れようとしないその猫は、僕の足元に身体を幾度なく擦りつけ、まるで抱っこをせがむかのように前足を伸ばし甘えた声を放つ。
「ちょっと、奈々ちゃん来て! リヴがこんなに人に懐くなんて初めて、一体どうしたのかしら?!」
『えっ……、奈々?』
奥で作業をしていた彼女。突然、店内へと飛び出したリヴの姿を目に思わず声をあげたらしい。作業途中の切り花の入ったバケツを手に店内に現れた姿は、あの日見た時よりも一段と魅力的な女性に思える。
互いに視線を合わせた瞬間、間違いなく彼女はハッと瞳を大きくすると丁寧に頭を下げた。
『僕の事を覚えていてくれたんだ』
「綺麗……」
「えっ!?」
無意識に零した言葉を女性店長は聞き逃すことはなかった。
「あっ、き、綺麗な花ですね」
彼女が手にしたバケツの中の黄色い花を指差し、僕は咄嗟にそう答えた。
「可愛いでしょ。ヒマワリですよ。そうだ、お客様ブーケのご注文を頂いたので、宜しければ一本二百円でお譲りしますよ」
女性店長は僕の呟いた言葉と、先程のお釣りの金額を逆算したのか、経営者的な発言で購買意欲を探る。
ふと壁に向けた視線に映るのは、店内に置かれた花々の花言葉――、僕はそれを目に笑顔で答える。
「すみません。それじゃぁ、一本だけお願いします」
「ありがとうございます。さぁ、リヴちゃん奥に入りましょうね。どうして知らない人にこんなに甘えてるんだろうね? 奈々ちゃん少し休憩するから、あとお客様の対応よろしくね」
彼女は胸の中央に当てた右の手のひらを、そっと真っすぐ下ろした。
『わかりました……』
僕は、心の奥で彼女の手話を読み解く。
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