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第046話 慢心:レイチェルサイド
私は今、地下へと続く怪談をディーバ先生と二人で降りている。
「あの…先生…」
「何かね?」
私が前を進むディーバ先生の背中に声を掛けると、先生は振り向きもせず、背中で答える。
「本当に今から除霊を行うのですよね? なんだか怪しい実験をしたりはしませんよね?」
「君は私の事をどのような感じで見ているのだ。私がそんな事をやりそうな人間に見えるのか?」
先生が肩越しに私に振り返りながら反論する。私は階段の薄暗い明かりで表情の見えない先生の姿に、少し恐怖して押し黙ってしまう。
「なぜ、黙る」
先生は立ち止まって振り返る。すると、明りで表情が映し出される。いつもの先生の顔だ。
「私は仮にも学園の教師だ。世間に公表できないような怪しい研究などする訳ないだろう」
「す、すみません…なんだから、地下に降りる階段が怖くて…」
「なるほど、そういうことか」
先生はそう言うと再び前を向いて階段を降り始める。
「まぁ、純粋な気持ちだけで被害者を救済したいではなく、少し疚しい気持ちがある事は否定しないがな」
「はい?」
純粋な救済意識だけではないという事は、手柄や名誉なのであろうか?
「私の目やモノクルを使っても、君に憑りつくモノは黒いオーラが吹き出す状態でしか視認することができない」
「はぁ…」
「だが、報告によると、マルティナ嬢の時は『人型』の姿で現れたらしいな。私もその『人型』を自分の目で見てみたいのだよ」
怖いもの見たさというか知的好奇心というものであろう。先生も物好きだと思う。
「そろそろだな」
階段の一番下の場所には扉が見える。先生が懐から鍵を取り出し扉を開ける。扉を開け放つと扉の向こう側は思ったよりも明るく、私が考えていた地下牢といったイメージとはことなり、いたって普通の空間の廊下が続いていた。
扉を抜けてその廊下に進むと廊下を挟む様に幾つもの扉があり、場所が場所だけに、それぞれの扉の向こう側には重要なものが収められているのであろう。
「この扉だ」
先生がとある一つの扉の前で立ち止まり、再び鍵を取り出す。
カチリッ
扉の鍵は音を立てて解除され、先生は扉の取っ手に手をかける。
そわり…
その瞬間、温室の時と同じ、背中に猛烈な悪寒が走る。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私の髪の毛の中から、リーフの壮絶な悲鳴を上げて飛び出し、先生目掛けて飛んでいく。
「ちょっと、リーフ!」
「また出てきた! また出てきた!!」
リーフは悲鳴を上げながら、先生の顔に張り付く。
「リーフ、逃げてくるのはよいが、顔に張り付くのは止めてくれ、前が見えない」
先生は顔に張り付くリーフをぺりっと剥がすと、そのまま自分の肩に乗せる。剥がされたリーフはまだ怖い様で、必死に先生の横顔に縋りついている。
先生は懐からモノクルを取り出して装着し、私の姿を確認する。
「おぉ、リーフが逃げてきたあって、いつもよりも禍々しさが増しているな…闇の塊が蠢いて、今にも何か孵化しそうな感じだ…」
先生はその様に説明してくれるが、私自身はどういう訳なのか自分で『見る』ことはできなし、また自分の背中で起きている事なので、二重の意味で見る事は出来ない。
ただ、私の中から『アイツ』が這いずり出しそうな感覚だけは感じる事が出来る。
「…先生…私、あまり気分が良くありません…」
這いずり出しそうな感覚の嫌悪感と、貧血状態に似た倦怠感を感じるので、その事を先生に告げる。
「分かった。君の体調の事もあるから手早く済ませよう」
先生はそういうと扉を開け放ち、部屋の中に入っていく。私も嫌悪感と倦怠感を感じながら、先生の後に続き、部屋の中で入っていく。
部屋の中は、部屋の手前と奥とを鉄格子で隔て、まるで座敷牢の様になっている。その鉄格子の向こう側には、一つのベッドが中央に置かれて、その上に少しやつれた褐色の肌をした少女が、苦しそうに横たわっていた。
「彼女が除霊…」
私がそう言いかけた瞬間、身体に感じる嫌悪感と倦怠感が一気に増し、立っていられなくなって、私は床に膝をつく。
「大丈夫か! レイ……… なんだ…これは…」
膝を崩した私に、先生はすぐさま駆け寄ってくれるものだと思っていたが、立ち止まっていて私に近づいてはくれない。
私は猛烈な睡魔に襲われた時のような、重い瞼をなんとか維持して、先生の顔をみると、青白い顔色をして眼を開き切り、脂汗をながしながら小刻みに震えて驚愕の表情をしていた。そして、先生の眼は私ではなく、私に上に存在するであろうモノを見ていた。
「…先生…」
このままでは途切れてしまいそうな意識の中、最後の力を振り絞って、先生をよぼうとするが、自分自身でも聞こえないような小さな声にしかならない。
先生は私に近づくのではなく、一歩、また一歩と後ろに下がり、まるで押し当てられたように、壁に張り付く。
『先生の嘘つき…助けてくれると言ったのに…』
霞む意識の中、私はそんな事を思いながら、意識が途切れたのであった。
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