第004話 なんでいるの?

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第004話 なんでいるの?

 白い影の絶叫が木霊して、小さく掻き消えた後、教室内はもとの静寂と沈黙の空間にもどる。リーフはただ呆然と白い影が掻き消えた後を眺めていたが、静寂を打ち破ってドサリと何かが崩れる音が響く。リーフは視線を物音に移すと、そこには『人型』を前に床に崩れ落ちたマルティナの姿があった。  『人型』はゆっくりと床に崩れたマルティナを覗き込むと、リーフの目には、口以外の相貌がないのに少し残念そうな顔をして、まるで時間を巻き戻す様に、最初に這い出てきた所に引きずり込まれるみたいに戻っていく。そして、最後の頭部が引き込まれるときに、チラリとリーフの方向を見たような気がした。  その後、何事も無かったように、完全に日が落ちて暗闇に包まれた階段教室は、再び沈黙と静寂に包まれた。ただ、普通ではない状況はレイチェルとマルティナの二人の令嬢が床に倒れこんでいる事である。 「レイチェル!」  『人型』が消えた事により、教室内に満ちていた張り詰めた空気が一気に緩み、身体の強張りと、足のすくみが消えたリーフは声を上げる。しかし、すぐさまレイチェルの所に駆けつける事は出来ない。先ほどまで、この教室内の状況を支配していた『人型』の発生源がレイチェルだったからである。  リーフはレイチェルに声を掛けたものの、暫くの間は物陰からレイチェルを見守るしか出来なかった。再び『人型』が出てくるのではないか、もしくはレイチェル自身が『人型』化しているのではないかと恐れたからである。 「うっ…」  その時、レイチェルからレイチェルの声で呻き声が漏れる。その声により、リーフは先ほどの恐怖を拭い去り、レイチェル自身の身が心配になる。すると、身体は自然とレイチェルに駆け寄っていった。 「レイチェル! ねぇ、レイチェル大丈夫?!」  リーフはレイチェルの顔元に近づき、必死に呼びかける。そのリーフの呼びかけに、安眠を妨げられた時の様に眉を顰めて反応する。どうやら昏睡状態から覚醒に近づいている様だ。 「レイチェル!」  リーフの叫びに、レイチェルが薄っすらと瞼を開き、ルビーの様な紅の瞳が見える。 「…リーフ?…」  リーフはレイチェルが目覚めた事、また、その声と仕草が本来のレイチェルその者であることに喜び、リーフの小さな身体でレイチェルの顔に抱き付いて、その喜びを表す。  レイチェルはリーフのはしゃぎっぷりに、微睡む状態から、意識を覚醒させていき、頭と上体を床からゆっくりと持ち上げる。 「うぅ… まだ、少し頭がぼんやりするわ… ちゃんとハッキリするまで時間がかかりそうね… それよりも、私が無事という事は、眠らせる魔法を掛けられただけで、御令嬢は逃げ去ったようね…」  レイチェルはまだまだ魔法の効果で頭が重い状態ではあるが、リーフを安心させるため、少し口角を上げて語りかける。 「い、いや、それが…」  リーフは困り顔をしながら視線をレイチェルから移す。するとその視線の先には、先ほどのレイチェルと同様に床に倒れこんだマルティナの姿があった。 「…あ、あれは… リーフが私の為にしてくれた事なの?」  レイチェルは暫く無様なマルティナの倒れこむ姿を見た後、少しやり過ぎではないかと思いつつ、リーフに向き直り尋ねる。しかし、リーフはレイチェルの言葉を否定するようにブルンブルンと首を振る。 「ち、違うのっ あれは私じゃないっ」 「では、魔法が暴発して自分も寝てしまったとか?」  少しお馬鹿なマルティナ嬢ならありそうなことだと、レイチェルは考えた。しかし、リーフは再び大きく首を振る。 「違うっ! あれはレイチェルが…」 「えっ!?」 思わず自分の名前が出て来たので、レイチェルは少し目を見開く。 「せ、正確には… レイチェルの中から出てきた闇と言うか… 『人型』の様なものが…」 「う、うそっ!!」 リーフの言葉に、レイチェルは今度は大きく目を見開いた。 「ほ、本当だよっ! 倒れたレイチェルから闇が噴出してきて、その中から恐ろしい『人型』がでてきたんだよっ!」  レイチェルはリーフの言葉に、わなわなと唇と指先を震わせる。 『そ、そんな… 前世… 前の世界からこちらの世界に来るときに『アイツ』と別れられたと思っていたのに…』  レイチェルはリーフの言う『人型』なる存在について、深く、そして強く認知していた。なぜなら、その『人型』との関係は、『この世界』から始まったものではなく、『前の世界』からの付き合いであるためだ。  再び、『アイツ』に怯える日々が始まると思うと、レイチェルは恐怖と悔恨の思いで身体が震え始める。 「レ、レイチェルっ 大丈夫なのっ?」  リーフはレイチェルの様に心配して声を掛ける。 「…く、鎖…」 「えっ?」 「鎖はどうだった!? 千切れてなかった!? 何本残っていたの!?」  レイチェルはリーフに喰いかかる様に詰め寄る。 「わ、分んないよっ! 私もあの『人型』に怯えていたし、あの令嬢に…」  リーフが言い訳の様にそこまで言った時に、レイチェルの顔色が変わる。 「『アイツ』は…『アイツ』は喰ったの?… あの令嬢、マルティナを喰ったの!?」 レイチェルは今までにない形相でリーフに詰め寄る。 「た、食べてないよっ! ただ、あの『人型』が令嬢に顔を近づけたら、令嬢の中から、白い影が飛び出して、喰われる前に勝手に消えちゃったんだよっ!!」 リーフは必死にあの時の状況を説明する。 「喰われていない? 勝手に消えた? もしかしたら… まだ、何とかなるかも知れない…」 リーフの説明にレイチェルは真剣な形相を緩め、少し考え込む。そして、まだ完全には自由にならない身体で立ち上がり、少し覚束ない足取りでマルティナに近づく。 「レイチェル、どうするの? って、うわぁ…」  リーフはマルティナに近づくレイチェルの肩に飛び乗って、言葉を掛けるが、マルティナの姿を見下ろした時に声を上げる。  レイチェルの足元のマルティナの姿は、瞳孔が開いたままの目を見開き、涙と涎を垂らしながら、時折、ビクンビクンと痙攣していた。どのように見ても尋常な状態ではない。  しかし、レイチェルはマルティナの前に屈みこみ、その安否を確認する。 「やはり… 息はある様ね… これなら大丈夫かも…」 「大丈夫って… とても大丈夫そうに見えないけど… レイチェル、どうするの?」  マルティナの呼吸や脈を確認するレイチェルにリーフは声を掛ける。 「このまま、放っておくことは出来ないでしょ? 助けるのよ」 レイチェルはそう答えた。
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