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第045話 除霊依頼
「馬車の件で約束した事は覚えているかね?」
「…はい、覚えております…」
私は悪徳金融にお金を借りた気分であった。まさか、ディーバ先生がこの様な請求をしてくるとは思いもしなかった。
「マルティナが回復した後に頼みたい事があるという事ですよね?」
「そうだ、よく覚えていたね」
頼みたい事とは一体何であろう。先生の性格からして、地下の研究室にて人体実験の素体にされそうな感じではある。なんだから、お子様向けにバイクに乗る特撮の悪玉みたいなはなしであるが、怪人や戦闘員に改造されるのは嫌である。
「で、頼み事とは一体どの様なことでしょうか?」
馬鹿な妄想はやめて、素直に先生に聞いてみる。
「ふむ、マルティナが回復したことで、人に憑りつくモノを払っても回復するという事がわかった。なので、君の能力といっていいのか、君に憑りつくモノで、とある人物に憑りつく悪霊を払ってほしいんだよ」
「えぇ? 私に除霊のような事をさせるのですか?」
先生の頼みごとの無いように、私は声を上ずらせて答える。
「ちょっと、待って下さいっ! 除霊というのであれば、神聖魔法が使える人にやらせた方が、遥かに安全で信頼が置けると思いますが…」
「確かに君の言う通りだ。通常の除霊であれば神聖魔法を使える者が行う方が、遥かに安全で確実だ。しかし、今回の場合は特殊な事情があって、そう言う訳には行かないのだよ」
ディーバ先生が険しい顔をしながら語る。その様子から本当にのっぴきならない事情があるのだろう。
「それはどんな事情なのですか?」
「うむ、君はまだ神聖魔法を学び始めたばかりだったな、では初めから説明しないとわからないだろう。では、君は除霊というものがどの様なものか分かるか?」
「えぇっと、神聖な力で、闇の存在を追い払うようなことでしょうか?」
玲子時代の記憶ではゲームやコミックなどの創作物の中では、闇の属性の正反対の聖属性で攻撃している描写が多かった。私もそんな所だろうと考えていた。
「ふむ、神聖魔法を良く知らない者の考え方だな。当たっている処もあるが、実際にはもう少し複雑な事になっている」
「どういうことなのですか?」
私はまだ神聖魔法について学び始めたばかりなので、全く話が分からない。
「人それぞれに正義がある様に、神々にもそれぞれの神聖さがあるのだよ、だから例え邪神であっても、それを信仰するものからすれば、それは聖なる存在になる」
「えっ!? ちょっと待って下さい、邪神でも神聖? でも、霊とは闇で、光の神聖に弱いとかではないのですか?」
邪神も信じるものにとっては神聖なんて、私の今までの価値観が崩壊しそうだ。
「そもそも、闇が悪で、光が聖など根本的に間違っている。それに霊の存在は闇ではない。君のリーフも精霊ではあるが霊の一種だ」
「えっえっ!? リーフ、そうなの?」
私が困惑しながら尋ねるとリーフがにゅっと眠そうな顔を出す。
「そうだよ」
「えぇぇ、本当なんだ…」
私はカルチャーショックを受け項垂れる。
「だから闇も夜の闇は邪悪なものではなく、神が人々に休息の為の眠りの時間を与える、慈愛の闇と呼ばれているし、邪神も渇きの光という、土地を草木も生えない砂漠へと変化させるものがある」
「では、除霊とは一体何をするものなのですか?」
「ふむ、除霊とは、対象に対して、信仰や教義、思想などの精神波をぶつける行為だ」
信仰をぶつける精神波? ちょっと、どういう事だか理解ができない。私は属性のついた魔力でもぶつける行為だと思っていた。それが信仰や教義、思想が何故出てくるのだろう。
「その、精神波や魔力を当てる事で、吹き飛ばすという事でしょうか?それなら何故、信仰は兎も角、思想の話が出てくるのでしょうか?」
「随分と乱暴な考え方だな、気力や魔力をぶつける事で一時的な霊を追い払う事はできるが、彼ら霊の存在はもっと上位の存在だ。つまりだな、信仰を忘れて彷徨う霊や人に憑りつく霊に信仰心の乗せた精神波をぶつけて、信仰をとりもどさせるんだよ」
前半の話は分かったが、後半の話が分からない。
「何故、信仰を取り戻させる行為が除霊になるんですか?」
「神の教えには、死後、天に迷わず還る事になっている。だから力づくで除霊しているのではなく、説得していると思ってもらった方がよい」
「とすると、口での説得ではなく、考え方や記憶、思考をそのままぶつけて説得するという事ですか?」
「ふむ、その通りだ。ようやく理解したようだな」
先生は私に除霊の原理を理解させたことで、満足げに口角をあげるが、私はある疑念を思い浮かべる。
「でも、それって、強制的な洗脳に近くないですか?」
「その通りだよ、レイチェル君。今回の件はそこが問題なんだよ」
私が今回の一件を理解し始めたので、先生は機嫌がよくなってくる。
「そこが問題とは?」
「普通はこの国の中で除霊を行う場合は、憑りつかれた人間も信仰を忘れて憑りついた霊も、宗派の違いはあれども、基本的には同じような神の教えを持っている」
日本で言えば、浄土宗と浄土真宗の様なものか…
「しかし、どちらかが全く異なる信仰を持っていたらどうなるか、除霊につかう精神波は霊だけではなく、除霊される人間にも大きく影響するんだ」
「もしかして、他国の全く異なる信仰を持っている人に対して、この国の人間が除霊を行えば、その人が改宗してしまうことになるのですか?」
先生は私の答えに口角をあげて微笑む。いや、ここは微笑む場所ではないと思うが…
「そうだ、正解だ。今回の除霊の対象者は、隣国からこの国に交換留学に来た、この学園の生徒なんだよ。だが、その生徒がある事件に巻き込まれてしまってね、とある霊に憑りつかれてしまったんだ。しかし、この国の神官では、除霊の影響でその人物を改宗させてしまう事になるんだ」
「それで、私の出番と言う訳ですね…でも、上手く追い払えるとは思えますよ、たまたま、マルティナの件が上手くいっただけで、そうならない可能性もありますよ」
私はため息交じりの呆れた感じで答える。
「マルティナの件だけなら、私ももう少し様子を見るが、君は温室の件にもかかわっているのだろ?」
私は先生に言われて思い出す。温室での怪談の一件だ。
「あっはい、隠すつもりはありませんでしたが、先生もどうしてご存じなのですか?」
「あぁ、リーフの話を聞いた時に一緒に聞いたのだよ。そして、その後、温室を確認しに行ったが、温室の霊たちはきれいさっぱり居なくなっていたよ」
あそこのいたずら霊たちも、私に憑りつく『アイツ』の事はそんなに怖かったのか…
私は暫く考えた後、はぁっとため息をつき、先生に向き直る。
「分かりました。今回の件は協力させていただきます。しかし、責任は持てませんよ」
「あぁ、分かっているとも、君に責任を追わせない。安心してくれ」
私はその言葉を聞いて、胸を撫でおろす。先生の話では、除霊対象は他国の留学生だ。何かあった時は外交問題になってしまうかも知れない。そんな責任を負わされたらたまったものではない。
「それで、いつ行うのですか?」
「それでは、これから早速、執り行ってもらおうか」
私は撫でおろした胸を戻したくなった。
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