第007話 夏のある日

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第007話 夏のある日

 窓の外を眺めると、夏の日差しが厳しくなり始め、窓から駐車場を挟んで向こう側にある街路樹から、夏の風物詩であるアブラゼミの合唱が聞こえてくる。そんな状況を眺めながら、私はクーラーの良く効いた店内の一席で、氷を沢山いれたジュースを飲んでいた。 「玲ちゃん、山盛りポテトが来たから二人で食べよ」 前の座席に座る親友のあーちゃんから声を掛けられる。 「えっ、あぁ」 「大丈夫、ポテトは私のおごりだから」  外をぼーっと眺めていて、ふいに声を掛けられて生返事をしたことに、あーちゃんが私がお金の心配をしていると思って、気を使ってくれる。あと数日で高校の夏休みに入るのだから、バイトの時間も増やせるので、お金の心配はそれほどないが、やはりお金の気遣いは有難い。 「ありがとう、あーちゃん、じゃあ、頂くね」  そう答えて、私は配膳されたばかりのポテトを一本頂く。やはり揚げたてのほくほくで美味しい。しかし、暑いので飲み物に手を伸ばすと、グラスは氷だけになっており、表面に水滴が垂れている。 「私、ドリンクバーに行ってくるけど、あーちゃん、おかわりは?」 「ありがとう、玲ちゃん、私はまだ大丈夫~」  あーちゃんはポテトを摘まみながら、携帯ゲームをいじっている。恐らくいつものゲームであろう。店内なのでボリュームは下げているが、何度も聞いたBGMが聞こえている。  私は一人でドリンクバーに向かい、炭酸飲料を注ぎテーブルに戻ると、私たちの席の隣に私たちと同年代か、少し上ぐらいの男女のカップルが入っていた。 「あーちゃん、ただいま」 「れいちゃん、おかえり~」  私が新しい飲み物を追加してきても、あーちゃんはゲームを続けていた。時折聞こえるボイスから、攻略対象の固定ルートに入る直前なのであろう。 「今度は誰のルートに入るの?」 私は座席に座りながらあーちゃんに尋ねる。 「そうねぇ~ 今回は全員の好感度をマックスにしてみたから、逆ハーレムルートに入ろうかなぁ~」  にこにこと答えるあーちゃんに私はポテトを摘まみ、それを炭酸飲料で流し込む。やはり、揚げたてポテトには炭酸飲料だ。しかし、あーちゃんがにこにことしながらいつもの乙女ゲーム『アシロラ帝国ロマンスファンタジー』をやっているという事は、いつもの事がおきているに違いない。  あーちゃんは、いつもリアルで振られると、私をファミレスに呼び出し、にこにこしながらゲームをしている。いきなり暗い話を始めるのではなく、ゲームでテンションをあげてから、振られたことを打ち明けるのだ。今まで一番酷い振られ方をした時は、ファミレス内だけでは時間が足りず、あーちゃんの家でお泊り会になり、一晩中、乙女ゲームの話を聞かされた上で、明け方になってようやく、打ち明けたのである。そのお陰で、興味の無かった乙女ゲームについて、攻略対象の名前を聞いただけで、その攻略方法が分かる様になってしまった。  しかし、今回は逆ハーレムルートか、そのルートに入るには、全ての行動を最適化して、その上で乱数が上手くいかないと難しい。  そんな事を考えていると、となりの席に座った男女のカップルの会話が聞こえてくる。 「分かってる? お兄ちゃんは私の恋人役という事で、私とラブラブな所を見せつけて諦めさせる役目なんだからねっ」 「えぇ~ 俺、そんな役目の為に連れてこられたのかよ… 普通に断ればいいじゃないか」 「ダメよ、フリーな状態で断っても、お試しとかいないなら、俺でいいだろとか言い出すのよ?」  話から察するに、二人の男女はカップルではなく、兄妹のようで、どうやら、妹に告白した男性を諦めさせる為に、兄を恋人役としてここへ連れてきたようであった。  二人の会話に耳を傾けていた私は、面倒な事になっているなと思いつつ、視線を正面に戻すと、あーちゃんが落ち込んでおり、こちらも面倒な事になりつつあった。 「羨ましいなぁ… 断るぐらい告白があって…」  先ほどまでニコニコしていたあーちゃんは、眉を八の字にしながらゲーム機をパタリと伏せる。そして、顔を伏せる様に、上半身をテーブルの上に倒れこませる。 「あーちゃん…」  今回の話を聞く前に、あーちゃんが落ち込み始めたので、私はあーちゃんに掛ける言葉をなかなか思い浮かばずにいた。 「玲ちゃん…」 あーちゃんが顔を伏せながら私の名を呼ぶ。 「なぁに? あーちゃん」 私は優しく呼び返す。 「私がね、振られた後、いつも乙女ゲームをやるのはなんでだと思う?」  あーちゃんが話を切り出したのは、今回の失恋話ではなく、いつも失礼の際に乙女ゲームにのめり込む行動についてだった。  確かに良く考えると、現実で失恋した後で、ゲームの世界とは言え、理想の恋愛成就の話などを見ると、一時的にはゲームの中の主人公に感情移入して喜べるかもしれないが、結局、現実との落差で余計に落ち込みそうなものだ。私は今まで、失恋話を切り出す為の儀式みたいなものだと考えていたが、改めて考えるとおかしい。 「どうしてなの?」  私はあれこれ考えるより、直接答えを知りたいので、あーちゃんにそう返す。  すると、あーちゃんはむくりと涙を貯めた顔をあげ、伏せていたゲーム機を持ち直す。 「ゲームの世界はね、努力して、正しい選択肢を選んで行けば、必ず、ハッピーエンドに辿り着けるの… だから、失恋の後はゲームをやって、何の努力が足りなくて、どの選択肢を間違えたのか考えているの…」  ゲームと現実は違う。一見、無茶苦茶な話に聞こえそうだが、よくよく考えてみると真実を述べている様な気がした。実際、現実ではゲームの様に場面場面で選択肢は出てくることはないが、しかし、生きているうえで様々な選択をしていることに気が付く。  今日であっても、先ほどのどんな飲み物を入れてくるという選択はあっただろうし、あーちゃんの相談を受ける受けないの大きな選択はあっただろう。人のみならず、生きて意思のあるものならば、なんらしかの選択をし続けて生きているのだ。  選択を決定したその場では、選択の結果は極々小さい物かもしれない、しかし、その積み重ねによって、先の未来はかなり異なるものになるだろう。  私は三年前の過去を振り返る。私と母はあの悲劇を回避するために、あの時、どんな努力をして、どんな選択肢を選べばよかったのだろう。そもそも、あの三年前の悲劇が起こるもっと前に、ゲームのルート固定の様にもっと前の選択肢であの時の悲劇が決まっていたかもしれない…  あーちゃんの話に自分の過去を重ねながら考え込んでいると、店の外が騒がしくなる。なにがあるのかと視線を向けると、店の表の道路で信号で止まろうとする軽自動車の後ろに、ぴったりとつけて走る、改造を施したスポーツカーがクラクションを鳴らし続ける光景が目に映る。  私はあおり運転かと思いながら他人事の様に見ていると、改造車が急にハンドルを切り、反対車線に飛び出して、強引に軽自動車の前に割り込もうとする。しかし、そこへ先の交差点から右折してきた大型車が突っ込んでくる。 「あっ!」  私は声をあげる。大型車は急ブレーキを踏み、ハンドルを切って改造車を躱そうとするが、大型車の後ろの車が急ブレーキに対応できずに衝突し、勢いをつけてこちらの店舗に迫ってきた。 「うそっ!!」  私が目前の状況に声を漏らした瞬間、衝撃で何が起きたのか分からなくなった。そして、気が付いた時は、ファミレスの店内とは思えない悲惨な状況下で、窓ガラスの破片にまみれながら床に倒れていた。  どれぐらい意識を失っていたか分からないが、身体全体に衝撃の痛みがあり、ガラスの破片で身体の至る所から血が出ている。  私は重い身体を起こし、霞む視界で辺りの状況を確認する。すると、すぐ目の前に先ほどの大型車の車体がある事に気が付く。その場所は、先ほどまで、あーちゃんが座っていた場所だ。 「あーちゃん! あーちゃん!!!」  私はすぐさま立ち上げり、あーちゃんの姿を必死に捜す。必死に声を張り上げてあーちゃんに呼びかける。しかし、辺りにあーちゃんの姿も見えないし、声も聞こえない。  そこにぽたりぽたりと何かが滴る音と、足元に液体が広がっていくのが見える。私はあって欲しくない恐ろしい想像をしながら、恐る恐る大型車の下側を覗き込む。  震える身体で、目を凝らしながら覗いてみると、そこにあーちゃんの姿はなく、燃料タンクらしきものから燃料が漏れているだけの様であった。そこで、少し胸を撫でおろし、確かに辺りにガソリンの匂いが充満していたことに気が付く。 ガタッ!  ふいに後ろから物音がして振り返ると、そこにはあの割り込み運転をした改造車も店内に突っ込んでいた。恐らく、改造車側も避けようとしてハンドルを切り、大型車に日木津られる形で店内に突っ込んできたのであろう。  車の左側は大型車の衝突で拉げており、前部と後部の両方の車内にダラリとした身体の一部が見える。運転席もドライバーが離れた所に飛び出してピクリとも動かない。  残された運転席側後部から、若いDQNの男性が、血の気の無い青い顔をして降りてくる。 「や、ヤベェ… ヤベェよ… み、みんな死んじまった… こ、こんな時は気分を落ち着けないと…」  男はそう言うと、わなわなと震える手で、胸ポケットから煙草を取り出す。私はその時、ガソリンが充満する店内で、男が恐ろしい事をしようとしていることに気が付く。 「ちょっと! まって!!」 「あん?」 その瞬間、男はライターをかちりと鳴らし、私の目の前は一瞬で真っ白になった。
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