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告白
ひとしきり笑った後、じゃあ、店を予約するわね、と摩季が電話をかける。ふたりのスケジュールをつき合わせて、明日の八時に青山の行きつけのイタリアンレストランの個室を取った。
玲奈は未希を呼んで、佳乃に連絡してもらう。悠人が行くとはいっていないが、予約の名前は森である。玲奈が行くのだからまちがいではない。勝手に勘違いするほうが悪いのだ。
「悠人には話したほうがいいかしら」
「んーー」
摩季も涼太郎も首をかしげた。
「どっちだろうな。できれば耳に入れたくないな」
涼太郎がいった。
「そうね。このまま忘れるのならだまっていてもいいかもね」
それもそうか。
「悠人の状態を見て、あとは玲奈にまかせるよ」
丸投げされた。
翌日、玲奈と涼太郎はそれぞれの出先から、いったん事務所にもどった。それから呼んだタクシーに連れだって乗った。約束のレストランに到着すると、スタッフが、お連れさまがお待ちですと告げた。
玲奈は、ふうっとひとつ息を吐く。
「だいじょうぶか」
「うん、平気。うけてたつわよ」
「俺が話すから、気負うなよ」
「ありがとう」
そうは答えたものの、玲奈の威圧感は半端ない。臨戦態勢は万全である。あのとき以来だな、と涼太郎はふっと笑った。
案内された個室に涼太郎、つづいて玲奈が入った。佳乃は悠人が来るものと思っていたのか、顔色を失って目が宙をさまよう。
「悠人は来ないよ」
涼太郎は冷たくいった。ろくに目も合わせないままメニューを開く。勝手にオーダーを決めていく。赤のグラスワインを三つ。タコのカルパッチョ、カプレーゼ、プロシュートの盛り合わせ。長居をしない気が満々である。
「来させるわけがないだろう。だいたい、いまさらなんの話があるんだ。迷惑でしかない」
「ごめんなさい」
「話なら俺たちが聞く。手早くすませて」
そんなにつっけんどんにいったら、話しにくいだろうにと、玲奈は思う。
「えっと、昔のことをあやまろうと思って」
心配無用だったな。まあ、無神経そうな女ではある。
「あやまってどうすんだ。終わったことだろう」
「なんで逃げたか、説明もしたかったし」
「逃げた?」
「うん」
「男つくって、悠人を捨てたんじゃないのか」
「ちがう。そんなんじゃない。悠人を裏切ったわけじゃないの」
また呼び捨てにされて、玲奈のこめかみがぴくっとする。勝手に出ていった時点で裏切ってるじゃないの、と思う。
悠人は入学したときからずば抜けた才能を発揮した。デザインを作りだすセンス、形にする能力、技術。
ぼんやりとデザイナーになりたいと思っていた佳乃は、圧倒的な力の差にあっけなく夢を打ち砕かれた。自分がデザイナーになりたいなど、おこがましかったのだ。
それでもふだんの悠人は驕ることなく、気の合う友人だった。悠人はそのビジュアルと才能から学校中、いや学校の外でも注目の的だった。電車に乗っても、外を歩いても人目をひいた。友人でいるのは自慢だった。
その悠人から、つきあってほしいといわれたときには、舞い上がった。数多の女の中から悠人は自分を選んだのだと、有頂天になった。
佳乃は当時を思い出すようにうっとりと話しているが。涼太郎は、となりの玲奈をちらりと見た。昔の女からこんな話をされたら、さぞかしおもしろくなかろうに。やはりこの女やばいな、と思った。その玲奈は冷めた目で見ている。怒りと比例して、威圧感があがっていく。
はじめはとなりで悠人のことを見ているだけで満足だった。卒業して悠人は確実にデザイナーの夢に向かっていく。対して自分は早々に夢をあきらめてしまった。それでも好きなブランドのショップ店員になって、ファッションにかかわれるだけでいいと思いこもうとした。
ただやはり、悠人を見ているとうらやましかった。自分が手にできなかったものを持っている。まぶしかった。自分とは違う世界だ。
どうせわたしは。
そんなふうに思ってしまった。
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