.future

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 けれど、佳乃の痕跡は一切が消えていて悠人は呆然としてしまった。  なぜ。  わからない。  悠人には仕事も佳乃も同じくらい大事だったのに、佳乃には悠人よりも大事なものがあったのだ。だから悠人を捨ててそっちを取ったのだ。そのことが悠人を打ちのめした。部屋の真ん中に膝からくずれおち、動けなくなってしまった。  気がついたら外が明るくなっていた。そんなふうに時間が来ると機械的に会社に行って仕事をする。仕事が終わったら、家に帰って呆然と朝をむかえる。そんな日々が続いた。  食事をしたのか、ふろに入ったのか、眠ったのか。それすらも定かじゃなかった。  涼太郎が気づかなかったらどうなっていただろう。連絡の取れなくなった悠人を(いぶか)しんで涼太郎は訪ねてきたのだ。そこで悠人のあまりの憔悴におどろいた。  涼太郎が作ってくれた月見うどんをすすりながら、自分の身に起きたことをすこしづつ話していくと、ちょっとだけ落ち着きを取りもどした気がした。  そして涼太郎が佳乃に対する怒りをあらわにすると、ちょっとだけ気が軽くなった気がした。  それから涼太郎は、頻繁にやってきては甲斐甲斐しく悠人の世話を焼いた。食事や身の回りのことはもちろん、よく眠れるようにアロマを焚いたり、ハーブティーをいれてくれたり。休みの前日には泊まってもくれた。  涼太郎には感謝しながらも、やはり悠人は立ち直れない。泥沼の中を歩いているように、心も体も重たかった。ふがいない自分が腹立たしかったし、涼太郎にも申し訳なかった。わかってはいてもどうしても泥沼からはい出せないでいた。  ある日、涼太郎が独立しないか、といった。 「悠人が自分のブランドを作るんだ」  それはデザイナーとしての夢だ。涼太郎はたたみかける。 「ターゲットは誰? 年齢層は? パタンナーを見つけないと。あと縫製工場も。最初はオンラインショップから始めよう。ロゴも発注しよう」  頭にかかっていた真っ白い紗が薄れていく。 「軌道に乗ったらセレクトショップにもおいてもらおう。そのうち靴やバッグも展開しよう」  自分の思い描いていたデザインがあふれてきた。どんどん、どんどん湧いてくる。涼太郎は何冊ものスケッチブックを買ってきて、あふれるデザインをこれに書け、といった。  いわれたままに書いていく。頭に浮かんだものを書きつける手が追いつかなかった。そうやって書いていると佳乃のことは考えなくてすんだ。のめり込むように作りつづけた。  涼太郎が全部おぜん立てしてくれて、いつのまにか会社ができ上っていた。  .future(ドットフューチャー)  それが悠人のブランドだった。 「おまえはただ作ればいい。あとは全部俺がうまくやるから」  涼太郎のそのことばに甘えて悠人は服を作ることに没頭した。悠人の才能がデザインならば、経営が涼太郎の才能だった。情報収集というのか市場調査というのか、そういうことに涼太郎は長けていたのだ。  うまいこと波に乗って.futureは人気ブランドになった。悠人のデザインが日の目を見たのは、ひとえに涼太郎の経営戦略のおかげだった。
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