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襲来
その日、仕事を終えていつものように玲奈と未希はタクシーで帰ってきた。あの女がいたらいやだな、と思いつつタクシーをおりてオフィスビルのエントランスにむかう。
「あの」
突然後ろから声をかけられた。びくっとして振りかえると当のそいつが立っていた。思わずゴキブリでも見るような視線になったのは、しかたあるまい。気づいた未希が駆け寄ってふたりの間に割り込んだ。
「なんの用ですか」
「EVEさんですよね」
「そうですが。お話があるのなら、マネージャーのわたしが聞きます」
それを無視して、その女佳乃は玲奈にむかって話しかける。
「悠人に会いたいんです。会って話がしたいんです」
呼び捨てにされて、玲奈のこめかみに青筋が走った。
「悠人はわたしの夫ですが、なんの話です?」
思いっきり冷徹に見おろされて、佳乃は一歩引き下がる。
まずい。期せずして始まってしまった女の戦いに、未希は焦る。とにかく路上ではまずい。写真なんか撮られたらエライことになる。
「とりあえず、中に入りましょう」
とビルのドアを開けて、ふたりをエントランスに押し入れる。まさか事務所につれて行くわけにもいかず、そのままエレベーターの前で立ち話を続ける。
「わたしのことは知っていますか」
そういう佳乃に
「聞きました」
なにをえらそうに、と思いつつ玲奈は冷たく答える。
「ごめんなさい」
「なぜあやまるの」
「不愉快なのはわかっているんですが、昔のことをゆう、森さんにあやまりたいんです」
「なぜ、終わったことを蒸し返すの?」
「ちゃんとけじめをつけないと、先に進めない気がして……」
はあ、と玲奈はため息をついた。なんて自分勝手な。
「悠人には聞いてみるわ。こっちから連絡するからもうここには来ないで。次に来たら警察に通報するから」
玲奈に気おされながら、佳乃は未希のマネージャー用のスマホと連絡先を交換した。
誰か来たらまずいとおろおろしていた未希は、交換を終えるとすぐにドアを開けて佳乃を外に押し出した。
エレベーターに乗りながら、
「悠人さんにいうんですか?」
と玲奈に聞いた。
「まさか。いうわけないでしょ」
「ですよねー。あれって、元カノですか」
「まあ、そうね」
「いまさらうろつかれると目障りですねー」
「そうなのよね。ちょっと涼太郎と相談するわ」
「はーい。わたしも気をつけますね」
いったんアトリエの悠人に顔を見せてから事務所に入る。さいわい涼太郎は事務所にいた。さらにこの上ないことに、摩季までいる。玲奈はふたりを手招きすると、パーテーションで区切られたミーティングスペースへ連れていった。
「どうした?」
「いま、下にいたのよ」
「佳乃か」
「そう」
「え、誰?」
摩季は聞いていなかったようだ。
「例の小笠原の女だよ。きのうから悠人に接触している」
「ええ? いまさら?」
「そうなのよ。悠人に会いたいっていわれたわ」
「はあ? 会わせるわけないだろう」
涼太郎の声がいら立つ。
「あやまりたいそうよ」
「はあ?」
今度は涼太郎と摩季が同時にさけんだ。
「ていうか、玲奈にそんな話するなんて、ずいぶん無神経じゃない? その女」
摩季は呆れたようにいった。たしかに玲奈はだいぶイラついていた。
「そうなのよ。どうやって撃退しようかと思ってね。こっちから連絡することにはしてあるんだけど」
「どうもこうも、そんな自分勝手につき合う必要はないよ」
「電話で断ってもいいけど、それで納得するかしらね」
「しつこくつきまとわれても厄介だしな。うーん。俺が会って二度と来ないようにくぎを刺してくるか」
「じゃあ、わたしも行くわ」
玲奈がいう。
「わたしは行かないわよ」
摩季がそういうと、思わず三人で見あわせてプッと吹きだした。
「前にもあったな」
「運命の夜よね」
摩季にいわれて、玲奈は赤面した。
「もう、やめてよ。あれ、はずかしいんだから」
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