1.生首は突然に

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1.生首は突然に

「さぁこっちへ……」 「はい……」  静まり返った夜、神父は教会の奥の小部屋に少年を招き入れた。  たまたま雑用で教会に戻っていた銀髪の美しい少女ソフィーはそれを見て、怪訝そうな顔でそっと小部屋に近づき、ドアに耳を近づける……。 「あっ、あぁ……、神父様ぁ……」  微かに聞こえてくる少年の喘ぎ声。 「えっ!?」  ソフィーは知ってはいけないことを知ってしまった現実に耐えられず、ガクガクとひざを震わせ、真っ青な顔をして立ち尽くした。  ソフィーは女神を(まつ)るヴィーナ教会の雑用をこなす十六歳の侍者(アコライト)。神父の人柄にほれ込み、孤児院を卒業したこの春から魔法の勉強をしつつ、教会で住み込みで働くことになったのだ。  ミサではいつも素敵な話をしてくれる神父に、敬愛の思いを抱いていたのにまさか少年とこんな事をする人だったとは……。  ソフィーは思わずパタパタと駆けだし、裏の広場のベンチに座り込むと何も考えられなくなってぼっーと夜空を見つめていた。  上弦の月が傾き、星はキラキラとまたたいている。  思い起こせば、あの少年以外にも過度なスキンシップをしていたことがあった。その時は何か変だなと思ったものの、神父が子供にやさしくするのは当たり前だと理解していたが、違うのだ。彼は小児性愛者なのだ。  神父を目標に頑張ってきた自分は根本的な所から裏切られてしまった思いがして、この先どうやって生きていったらいいのか分からなくなった。  ふぅ、ソフィーは大きくため息をつく。  その時だった、夜空に閃光が走り、まばゆい流れ星が流れていく。  ソフィーは『何だろう』とその流れ星を目で追っていると、もう一つの流れ星が現れて追いつき、直後大爆発を起こした。 「へっ!?」  まるで昼間になったかのような激しい閃光は天も地も明るく浮かび上がらせ、そしてまた夜空へと戻って行く。そして、流れ星の一つがツーっと光跡を描きながら近くの森の向こうへと落ちて行った。  ズン!  地響きが起こり、森が眩しく光り輝く。 「た、大変だわ!」  ソフィーは急いで駆け出し、明かりの魔法をつけながら森への小道を駆けあがっていった。      ◇  森の稜線(りょうせん)を超えると、小さな炎があちこちに見え、ブスブスと煙が上がっていた。  ソフィーは急いで炎の所へ行くと、小さなクレーターができていて、中心部には何か焦げたものが転がっている。  恐る恐るソフィーが明かりで照らすと、それは少女の遺体だった。  手足はバラバラに周囲に散らばり、胴体も真っ黒に焦げているが顔はまだ形を残しいる。よく見るとそれは青い髪をした可愛い女の子だったのだ。 「ひぃっ!」  あまりにおぞましい事態にソフィーは目を背けた。  その時だった。 「きゃははは! 失敗失敗!」  黒焦げになった女の子が笑いながら動き出す。 「えっ……?」  ソフィーは一体何が起こったのか分からず、ただポカンと口を開けて少女を見た。 「ねぇ、ちょっと手伝ってくれない?」  少女はニコニコとしながらソフィーに声をかける。 「えっ? な、何を?」 「僕を持ち上げてよ」  そう言ってソフィーを見る少女。  ソフィーは恐る恐る近づき、少女の頭を持ち上げた。少女は整った可愛い顔で、透き通る青い目でニコニコしながら、 「ありがとう。助かるよ」  と、言った。  直後、黒焦げになった身体が首から離れてドスっと落ち、少女は生首となってしまった。 「ひ、ひぃ!」  あまりにおぞましい事態にソフィーは悲鳴を上げるが、 「はっはっは、首が平気なら大丈夫なんだよ」  と、少女は笑う。 「だ、大丈夫……なの?」 「うん、ピンピンしてるよ!」  少女はうれしそうに言う。 「あなた……、何者なの?」 「僕は……、あれ? 僕は誰だ?」  少女は眉をひそめしばらく考えていたが、 「ゴメン、忘れちゃった。きゃははは!」  と、楽しそうに笑った。  ソフィーは渋い顔をして、 「困ったわ……。名前とかは?」 「名前はねぇ……、えーと……、あっ! シアン、シアンって言うんだ」  少女シアンはニコニコして言った。 「シアンちゃん、可愛い名前ね。どこから来たの?」 「えーっとね、あー、東京の田町だな」 「トーキョーのタマチ?」  聞いたこともない地名に眉をひそめるソフィー。 「あれ? この国に東京ないの?」  キョトンとするシアン。 「無い……と、思うわ。王都に行けば知ってる人は居るかもだけど……」 「王都? じゃ、連れてって!」  シアンはワクワクした様子で言う。 「えっ!? 私が連れてくの? 私、お金も無いしそんな、無理よ」 「お金? どんなお金使ってるの?」 「え? どんなって……」  ソフィーはポケットからなけなしの銀貨を見せる。 「ふんふん、じゃ、これくらいで足りる?」  シアンはそう言うと、ジャラジャラっと銀貨を降らせ、銀貨の小山をソフィーの脇に築いた。 「へっ!?」  目を真ん丸くして驚くソフィー。 「こ、こんなにたくさんは要らないわよ……、でも、もらっちゃって……いいの?」  ソフィーはそう言って銀貨をひとつかみして眺める。すると、変な事に気がついた。銀貨のすり減り具合、傷の模様が全て完璧に同じなのだ。ソフィーはゾクッと背筋に冷たいものが流れるのを感じた。  この生首少女のやることは全てが常識外れでトラブルの予感しかしない。逃げた方が賢明だと本能がささやく。  しかし、このままあの神父のところで働き続けるのも無理なのだ。お金に困らないならこのまま逃げるという方が正解にも思える……。 「じゃぁ、王都行こうよ、王都!」  シアンはニコニコして催促する。  ソフィーは大きく息をつくとうなずき、ポケットに銀貨を詰められるだけ詰め、シアンを抱きかかえると寮の自室に帰った。        ◇  軽く仮眠をし、翌朝、まだ暗い中をソフィーは旅支度をして寮を出た。みんなには申し訳ないが、簡単な置き手紙して、逃げるように街道を西へと向かった。  大きな麻のスカーフを抱っこひものようにして生首を包み、胸のところにシアンの顔が来るようにして、その上から上着を羽織る。見た目は赤ちゃんをあやすお姉さんといった風貌(ふうぼう)だった。  本当は馬車に乗りたかったが、こんな早朝には走っていないし、足が付くのも避けたかったソフィーは、ただひたすらに街道を西へと歩いて行く。 「王都! 王都! どのくらいで着く?」  シアンは上機嫌である。 「どうかしらね、まずは一日歩いて隣町まで行って、そこから馬車で一日かしらね」 「ありゃりゃ、結構遠いね」 「まぁ、頑張るわよ。お金いっぱいもらっちゃったし!」  ソフィーはサバサバとした様子でそう言った。  やがて空が白み始め、朝もやがゆっくりと晴れていく。  街道の周りは見渡す限りの麦畑。朝露に濡れる黄金色の穂を風に揺らし、まるでソフィーの旅立ちを祝ってくれているようだった。  孤児だったソフィーにとって旅なんて初めての体験である。ソフィーは腰に巻き付けたウェストバッグいっぱいに詰まった銀貨をさすり、これから始まる新たな人生にワクワクが止まらなくなる。もちろん不安もあるが、お金の心配のない旅なのだ。それはきっと素敵な体験になるに違いない。 「行っくぞー!」  ソフィーはこぶしを突き上げ、シアンは 「イェーイ! きゃははは!」  と、相槌を入れて笑った。
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