第一章「宮廷へご招待」

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第一章「宮廷へご招待」

第二話「仮初めの平和が今、終わりを告げる」 ***  男は森の中を必死に逃げていた。  しかし、木の根につまずき、転んだ。  その間に野盗に詰め寄られる。 「ひいいいいいーーーー!!!!」 「ほらっ! 金目のもの全部出しなっ! 死にたくなかったらなー!」  野盗は男に向かって刀を振り上げる。  しかし、野盗が男を斬りつける寸前──短めの刀がそれを弾き返した。 「なんだ……?」  野盗は弾いてきた刀の先を見る。  そこには20歳程の赤い髪の女がいた。淡い青色と紫の着物に動きやすそうな深い靴を履いている。  腰には二本の鞘がぶら下がっており、片方の刀は納められたままだ。   「しまいなさい。そんなことのために刀はあるんじゃない」  女は刀を野盗に向けると忠告した。  しかし、その言葉も虚しく、野盗は彼女に斬りかかろうとした。 「いい度胸じゃねぇか、この俺にたてつくなんてなっ!」  野盗の持つ刀が女の顔面目掛けて振り下ろされる。  刃が女に触れる寸前、しまっていたもう片方の刀を抜き、受け止めた。  女はそのまま野盗の持つ刀の勢いを殺して、弾き飛ばした。   「なっ!」    女は双剣使いだった。  刀を胸の前で交差させ、野盗に向かって問う。 「まだやりますか?」 「──っ! その構え……まさか、【二刀使いの結月】か……?!」  【二刀使いの結月】と呼ばれたその女は、野盗の言葉に返答する。 「痛い目をみたくなかったら、おとなしくここを去りなさい」 「くそっ!」  野盗は弾かれた刀を急いで拾い上げ、逃げるように去っていった。 「ふぅ……」  女は双剣を鞘にしまうと、襲われていた男に向き直った。 「大丈夫ですか……?」 「は、はい。助けていただき、ありがとうございます」 「ここは野盗が多くでますし、よかったら近くの茶屋まで護衛します」 「本当ですか?! ありがとうございます……!」 ──────────────────────────────  茶屋の傍から頭を深く下げて見送る男。  そこからしばらく森を歩き、見えてくるぽつんと佇む質素な一軒家。  そこが野盗を倒した女──涼風結月(すずかぜゆづき)の家だった。  しかし、ここは彼女の実家ではない。  彼女の実家は10歳の時に何者かに襲われて燃えて失われていた。  彼女の父親と母親、そして一族と共に── 「ただいまー」 「おかえりなさい、結月。夕ご飯できてるよ」  結月が戸口を開けて家に入ると、そこには彼女の育ての親である清子が微笑みながら、夕飯の準備をして待っていた。  清子が出迎えた土間の近くの畳の上では、すでにもう一人の育ての親である千十郎が、夕飯のおかずを口にしていた。 「いただきまーす」  結月は清子の作る煮物が大好物であり、この日の夕飯にもそれがあった。  さらに味噌汁に入っている大根と小松菜は、家の前の畑でとれた自家製の野菜である。  結月は清子の作る夕飯に舌鼓を打っていた。 「出ていけ」 「へ……?」  突然の千十郎の声と内容に、思わず結月は煮物の椎茸を皿に落とした。  結月はすぐに顔をあげて千十郎を見るが、何食わぬ顔をしていた。  千十郎の顔のみでは意図を把握できずに清子の顔を見るが、彼女も真剣な顔でこちらを見ていた。 「お前も十分大人だ。一人で生きていきなさい」 「え? 何言い出すの。私がいなくなったら……」 「『イグ』が尽きかけておるのだ。これが何を意味するかわかるか?」 「──っ!」  『イグ』。それは古来より存在する不思議な力。かつては数名の『イグの行使者』と呼ばれる特別な存在しか使えなかったが、やがて時を経て一般的に人々が使えるものとなった。人々はそれをかまどの火をつけたり、重い荷物を運搬したりなどの生活力底上げに使用している。『人を傷つけない』安全な力として皆に親しまれている。  そのイグが尽きるということは、まもなくその人間に『死』が迫っているということ。 「ばあさんはわしより数ヵ月前に尽きかけておる。もう永くない」 「そんな……」  突然突きつけられた事実に目の前が真っ暗になる結月。  千十郎も清子も60歳を超えており、寿命が長くないのも当たり前ではあった。 (だけど……だけど……)  結月の脳内で10歳のあの日の記憶がよみがえる。  父親と母親を失い、屋敷から命からがら逃げ延びた、あの地獄の日──  屋敷の燃える轟音に、必死に森の中を駆け抜けた。  結月に【昔の記憶】を呼び起こさせるには十分だった。 (もう……失いたくない……) 「イグを……イグの消失を止めることはできないの……?」 「結月、それは不老不死と同じじゃ。できん。大丈夫だ。わしらは余生を二人で過ごす。結月、お前は綾城(あやしろ)に行け」 「綾城……?」  綾城──  この地方で最も栄えた都市国家。『イグの行使者』の一族である一条家の加護のもとで繁栄をする街である。  そこになぜ向かえと言われているのか、結月はわからなかった。 「綾城にいるわしの古い友人が、最近涼風家の生き残りと称するものがいる、と風の噂で聞いたと言っておった」 「──っ!!」 (涼風家の生き残り……。それが本当なら家族かもしれない) 「でも、じいちゃんたちを残していくわけには……」 「だいじょうぶ。ばあちゃんたちは二人で生きる。結月は新しい人生を歩みなさい」  清子が結月の手を握り締めた。  結月は少しの間迷った後、決心をした。 「ばあちゃん……。綾城に行って確認してすぐ戻るから! それまで絶対生きて!」  力強く握り返された手を一瞥した清子は、安心したように結月に微笑みかけた。 ──────────────────────────────  翌日──  結月は綾城に向かうために、森を抜けていた。  この旅立ちが長い長いものになるなんて結月はこの時思っていなかった──  一方、結月の去った家に残った二人は式神を使い、ある場所へ伝言を伝えていた。 『ユヅキ、ブジタビダチ』 「あとはあのお方がどうなさるか……。わしらにできるのはここまでじゃ……」
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