最終話

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最終話

“めぐ、いるん、だろ?話が、したいんだ。” 走ってきたのか息を切らせながら、インターフォンの向こうで珠希が言った。 「……無理なんだよ、珠希。ごめん、俺は本当は、普通に生きていてはいけない人間なんだ……。」 “言いたいことは大体わかってるから、入れて。” 「だめだよ。」 “俺がケーキだから?” 「それは… 」 あっさりと真相を言い当てられて、言葉に詰まる。 “俺がケーキだからなんだっていうんだ。一緒にいれないっていうのかよ!!” 「そんな大声でっ……わかった。今開けるから、もう何も言わないで。」 “自分はケーキです”、だなんて、誰が聞いているかわからない外で言っていいことではない。 慌ててドアを開ければ、“やっと会えた”、と珠希がほっとしたように言う。 それから俺は彼に全てを話し、今から病院に行こうとしていると告げた。 病院で正式にフォークだという診断を受ければ、俺は社会的に警戒される対象となる。 けれど、全て聞いた後も彼は少しの警戒心もなく俺のベッドの上に座り、拗ねたように唇を尖らせた。 「フォークだからって、何にも悪いことないじゃん。」 「……そんなこと、ないよ。俺、昔フォークが男の子を食べようとしてるところを見たけど、すごく怖かった。餌を前にした肉食動物みたいな、どこまでも追っかけ回してきそうな、すごい執着だった……。」 「でも、怖いのにめぐは俺のことを助けてくれたでしょう?」 「えっ……?」 意味のわからない内容に、変な声が漏れた。 「あーあ、隠しとくつもりだけど、言っちゃった。めぐが助けたケーキ、俺なんだよ。だから俺は自分がケーキだって知ってたし、大学に入る前から、それこそ小学校の頃からめぐに片想いしてたの。」 どういうことだ?つまり俺は昔珠希のことを助けていて、珠希はその時からずっと俺のことが好きだったってこと? そんな偶然って……。 「本当に……?」 思わず聞き返した。 「うん、本当に。あのあと物騒だからって隣の街に引っ越したけど、めぐのこと忘れられなくて、……じつは、必死に探した。大学が同じなの、偶然じゃない。」 驚きの連続で言葉が出てこない。 俺のことをそんなに好きになってくれて、大学まで一緒のところに来てくれて。 ……それなのに、俺は。 「でも俺、あの人と同じフォークなんだよ…?怖くないの?」 「めぐは違うよ。同じなんかじゃない。」 珠希はキッパリと否定してくれたけれど、俺は少しもそうは思えなかった。 「同じだよ。だって、珠希のこと、美味しいって、……おもっ、た……。」 「あのフォークは味覚がないことを母親に悟られてから監禁されて生きてきたそうだ。それ以外にも、事件を起こすフォークは大体周囲から抑圧されたり迫害を受けていることが多いんだって。……それにあのとき、めぐは自分も怖いのに俺のことを必死に守ってくれた。めぐがいなかったら俺はあの時に死んでいたから、もしも食べられたとしても、めぐにならいいよ。めぐの一部になれるなら、いいよ。」 「だめだよ、そんなの。」 「ならめぐが俺のこと食べなければいいよ。めぐがいないなら、俺は死んでるのと同じなんだ。初恋なんだ。初恋で、唯一の恋なんだ。めぐしかいらないんだ。……めぐだけが、好きなんだよっ……。」 「死んでるのと、同じ……。」 あんまり必死に珠希が言うものだから、思わず反芻する。 「うん。それは可哀想でしょう?」 「たし、かに……?」 畳みかけられて、納得しかけてしまった。初恋とは、そんなにも執着を伴うものなのだろうか。 ……いや、そうなんだろうな。だって、俺だって、初恋だった。初恋で、それが叶ったことがあんまり嬉しくて、いけないと分かっていながらその光に手を伸ばしてしまった。 まるで、麻薬だ。さながらフォークにとってのケーキの存在みたいだと思う。 「あはは、なんで疑問系?可哀想なんだよ。めぐがいなきゃ、俺はだめなんだよ。俺はむしろ、めぐに美味しいって言ってもらえる存在でよかったって思ってるくらいなんだから。だから、病院も行かなくていいよ。普通の生活を、俺と一緒に送ろう。」 「えっ?それは、よくないよ…。」 「よくなくないよ。それよりキスしていい?」 「したいけど、だめっ…んんっ……。」 彼の唇が近づいてきて、やがて美味しい味がした。 つい、唇を舐めてその快楽を貪ってしまう。 こんな自分が嫌になって俯いた。 でも、珠希は嬉しそうにしている。 「近いうちに俺が食べちゃうかも。めぐのこと。」 「えっ、珠希もフォークなの?それで俺がケーキ……?」 「そういう意味じゃないよ。」 おひさまみたいに笑った。 その表情が、眩しくて眩しくて。 たとえどんなに甘くても、いつまでも見ていたいから、食べることなんて絶対しないと誓った。 ……そう、いつまでも、いつまでも。 初恋の君と、一緒に笑って生きていきたい。
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