プロローグ

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プロローグ

 これは、記録だ。  とある偏屈な主人が、ただひとりの従者へ残す人生だ。  街中から随分とはずれた森の奥。  行けども行けども景色の変わらないそこを、さくり、さくりと雪を踏みしめる音を鳴らしながら歩き通した。道を間違ったかと幾度も不安に襲われながらもようやくたどり着いた屋敷の前で、長い灰色の外套を纏った青年はひとつ深いため息をついた。フードをかぶったまま、その屋敷を見上げる。  それは瀟洒な洋館。白と黒を基調にした二階建ての館は森の奥にひっそりとたたずんでいた。雪舞う今の天候も、このどこか浮世離れた空気を作り出しているのかもしれない。  どこかのまれるように館を見つめていたが、そのうちひとつくしゃみをした。すっかり身体が冷えてしまっている。ひとつ身体を震わせて、玄関へと向かう。  ドアノッカーを三度鳴らせば、扉が開かれた。暖かな空気が頬を撫でていく。 「よく来た、お客人。寒かっただろう」  軽やかな、けれどどこか老獪ささえ感じさせるような硬質な声が響いた。声の主の方へ視線を向けた。  そこにいたのは、片目が前髪で隠れた二十代半ばの青年と、その青年の首へ抱きつくようにして抱えられる童女だった。 「早く入るといい。屋敷の中まで冷え込んでしまう」  そう告げるのは童女の方だ。その声に誘われるように屋敷へと入った。扉が重い音を立てて閉ざされる。  玄関の正面には二階へ上がる大きな階段があり、そこには紺色の絨毯がしかれている。左右に延びた廊下はこの屋敷の広さを伝えており、照明をはじめとする調度品は落ち着いた品の良いものであることが、あまりその手に詳しくない青年にもわかった。
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