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「このような出迎えとなり申し訳ない。足を少し悪くしていてな。私がこの館の主人。アトカースだ」
そう名乗った童女――アトカースは、青年へひとつ頭を下げる。青年もそれに応じて頭を垂れた。
自分を抱えたままの青年の服を童女は掴む。
「マリートヴァ、お客人を客間へ」
一度目配せをするように視線を合わせた後、青年――マリートヴァは客人の青年を促し二階へと歩む。
通されたのは暖炉に暖かな火の灯るこぢんまりとした部屋だった。背の低い机に柔らかな座り心地の椅子が二つ置かれていた。
促されるまま奥の椅子に腰かける。手前の椅子へ深く腰掛けるよう降ろされた童女はその両方の肘掛へそれぞれ腕を置き、ゆったりと背中を預けた。けれど、決して下手に意地を張っているようでも威張っているようでもなく、それが実に様になっていた。
「こんな辺鄙なところまで呼びつけることになってしまい申し訳なかった。大変だっただろう」
「いえ、仕事ですから」
青年はそういつもの仕事用の笑顔を浮かべた。童女はそれを見て「熱心なことだ」と苦笑した。
そこへ、部屋にノック音が響く。入ると良い、と童女が招けば、ここへ案内した従者がティーセットを持ってきた。
温められたカップに、紅茶が静かに注がれる。ふわりと香りが鼻腔をくすぐる。
カップの隣には赤いジャムが置かれた。紅茶にジャム。他に何かつけるようなものがあるわけでもない。
「紅茶はお嫌いかな?」
「いえ、そうではないですが」
「それはよかった。この屋敷にはこれしかない」
ジャムを少しさじに取って舐めながら、紅茶に口をつける。青年もそれに倣った。ジャムを舌に乗せればバラの香りが鼻を抜ける。紅茶にはほんの少しアルコールが混ぜてあるのか、冷えた身体がじわりと温まる。
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