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そして老女はかく語る
この北の国の冬は厳しい。
吐く息は当然に白く、肺に流れ込む空気すら凍てつき身体を内からえぐるように刺していく。たとえ幼子であっても、このような冬の日は外へなど出ず暖かな火の燃える暖炉にあたり、ゆるゆるとまどろむのが正しいと知っている。
けれど、それは帰る家のある者の話。この少年にそんなものは無かった。ただ街の片隅で身体を震わせながら、凍りつくような夜が早く明けてくれることを待つよりほかに出来ることはない。
街の中で火を焚けば灯りとなって憲兵が来てしまうので、それも出来ない。自らの身体に拾いものの薄汚れ破けた毛布をまきつけきつく抱く。そうしてうずくまれば、追い立てられることもなく、わずかな日の光差す朝がやってくる。
いつも通りの夜の訪れ。そのはずだった。
「こんなところで、一体何を?」
甲高い神経質そうな声がした。
そこにいたのは銀糸の長い髪を結い上げた女性。年の頃は四十代ほどだろうか。アイスブルーの厳しい眼光がその少年を射抜くように見据えていた。少年はその場から逃げ出そうと毛布を掴んだまま飛びすさる。
「こら待て逃げるな」
ぼろきれのような服を掴まれ引き寄せられた。彼の片目は前髪で隠れたまま。顔をそむけた。顔が覚えられてしまえば、憲兵に捕まる可能性も高まる。もっとも、それも今更の話であったが。
顎に手をやられ無理やり彼女と目を合わせられる。髪で隠れた右目が露わになる。それを見た女性はどこか不敵に笑んだ。
「間違いないな。――良い目をしている」
手を離され、少年は視線をそむけた。この忌み嫌われた眼を蔑まれることや気味悪がられることは多かった。むしろそれしかなかったといってもいい。今彼がこんな暮らしをしているのも、これが理由のひとつだった。
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