そして老女はかく語る

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「お前、名前は?」  少年はふるふると首を横に振る。うっすら覚えているくらいの過去の記憶で、自分の親というものはいたけれど、名を呼ばれたことなど一度もなかったから。覚えてなどいなかった。  答えない少年の様子を見て、女性も事情を察したらしい。くすりと笑んだ。 「なぁに、名なんてつけてしまえばいい。似合ったのをつけてやるよ。――――おいで」  そのまま腕を掴まれ逃げられもせず、引きずられるようにつれてこられたのはこの街の領主の館。広大な敷地に五つの館が建ち並ぶ、少年のような者からすれば畏怖すべき場所。女性はその手にはめた指輪を門の錠前へかざし、小さく言葉を唱える。それが鍵となり、鈍い音を立てて門が開く。  少年の手を引いて躊躇(ためら)いもなく女性は一つの屋敷へと入った。入った中では上品なメイド服を着た女性が二人控えており、玄関正面には大きな階段がある。階段を登り切った先の壁には大きなステンドグラスがかかっていた。全体的に落ち着いた赤色で整えられたその屋敷は少年が見たこともないものであふれており、ただ単純に「自分などが触れて良いものでない」ということだけが分かる程度だった。
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