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「お帰りなさいませお嬢様」
「これを頼む。よきに計らっておくれよ」
女性はようやく少年の手を離したが、すでに扉は閉ざされており、外へ逃げることは不可能だった。怯える少年ににやりと笑った女性は、「後は頼んだ」と上へ上がって行ってしまった。
両脇をメイドに囲まれ、どうするもなく少年が連れて行かれたのは湯を張った広い風呂。あっという間に湯浴みをされ、髪を整えられ、一時間後には先ほどのスラム街の少年の面影などどこにもなかった。
けれど意地で抵抗し続けた結果、何とか前髪は長いままで残してもらえていた。
連れてきた時と同様の怯えた眼差しで見上げる少年へ、女性は微笑む。
「とって食べたりしないよ。行き場もなかったのだろ? 仕事は徐々に覚えてもらうけれど、お前にはこれから私の身の回りの世話をしてもらう」
よく言う「従者」というやつだ、と女性はどこか自信ありげに笑んだ。
「私はアトカースという。お前の名前は……そうな、マリートヴァとでもしようか」
この国の言葉で「祈り」と呼ばれるそれを、さして教養のない彼が知っていたとは思えない。果たして何への祈りなのか。それは誰も知らないままであった。
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