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そ、それは違う
さて、その後の村では、収穫の冬ともなれば大根一本一本を確かめながら抜くようになった。なぜなら、ジェイミーさまを抜いたやつは末代まで祟られる、という根拠不明の風聞が広まったからだ。
抜きますよ、などと声をかけると、大根は食べるものだと語気を強めるジェイミーさまは知らんぷりを決めこむはずだから、それはもはや農作業ではなく、たちの悪い大根デスマッチにほかならない。
頑なに風聞を信じる村人のいったい誰が、そんな黒ひげ危機一発なみに危ない大根なんぞを抜くものか。そこで村人は知恵をしぼった。若い娘が、うふふんふぅっと息を吹きかける作戦をとったのだ。
これは、村一番の塩梅で塩にぎりを三角に握る“お千代坊”がすこぶる得手としている。しゃがみ込み、スーッと息を吸って顔を寄せる。そのしぐさだけで、動揺したジェイミーさまはブルンと葉っぱを震わす。
紅をさした愛らしい口で“お千代坊”がふぅふぅすると、やがて土の一部がもっこりしてくるのだ。冬のさなかに啓蟄だ。
村人たちは「おったっち! おったっち!」と三拍子で踊りながらまわりの大根をすぽぽんと抜き、お千代坊は桃のような頬をほんのりと染める。やがて村ではそれを「ジャミング」と呼ぶようになった。
どこまでも敬虔な村人たちに大根のご加護を。あぁボブ・マーリーは偉大なり。
「お、お千代ちゃん違う! そこはおいらの……(•☎_☎•)」
「お千代坊いったいなにをしでかしたんだ。ジェイミーさまの足が小指の先みたいになっちまったじゃないか」
「それは足ぢゃな……いッ、ふうっ( ꒪⌓꒪)」
抜かないように用心してたのに、よくわからない“お千代坊”が違うものを抜いたのだった。
風に驚く雀ようにハッと立ち上がる“お千代坊”。裾をはしょった着物の下の、紅い裾よけがはためいて、まだ膨らみ切らぬ胸に当てた左手と、目の前に広げた右手をじっと捉えた伏し目がちのまつ毛がつかの間……夜空に咲く星のようにぱちくりぱちくりと瞬いた。
髪のみだれに 手をやれば~
紅い蹴出しが 風に舞うぅ~♪
誰が歌うか『みだれ髪』
「う、うりっ!」
林の中から村人をうかがう往生ぎわの悪い三つの影。瓜の収穫はとっくに終わったというのに……。
─おしまい─
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