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大根
吉備では『でーこん』と呼び、薩摩では『でこん』と呼び、琉球では『でーくに』と呼びならわす“大根”。
始めの文字が「だ」ではなく「で」であるという興味深い共通項があるが、おそらくは訛りだから詳しく掘っているヒマはない。
そんな中でも、奇妙な呼び方をする村が存在するのだという。
その名は『慈英弥』
無償の愛情である“慈英”に、慈しみの意味を持つ“弥勒”の“弥”という、どことなく霊験あらたかな名前だった。
さて『慈英弥』である。かつてこの国を大規模な飢饉が襲ったことがあるのだが、この村の大根だけが底抜けの勢いで育ち村人を救ったのだという。
それ以来、村人たちは大根を一切口にすることがなくなった。食料ではなく神となりし大根。
では、おでんやぶり大根はどうするのか。答えは簡単、かぶである。かぶを代用するのだ。ちょっと煮崩れしやすいが、村娘の“お千代坊”はこれを好む。かわいい口でハフハフと食む姿はなんとも愛らしい。
かぶは上方方面では「かぶら」と呼んだりする。そのせいか、お尻のことを「しりかぶら」と呼ぶ地方もあるが、これも詳しく掘っているヒマはない。
『慈英弥』に関する話はまだある。
「くわばらくわばら」という雷や災難を避けるおまじないがある。平安時代の京都に激しい落雷が続く中「桑原」という場所にだけ落雷がなかったため、おまじないになったと考えられている。ちなみに、この落雷は罠にはめられて失意のうちに亡くなった菅原道真の祟りだとされ、学問の神として祀ることで怒りを静めたとされるが、この村のおまじないは違う。
雨が降らないとか、五作が隣村からもらった嫁が別嬪すぎて気になってしょうがないとか、クマが出たとか、三本杉の後家“シゲ”が子を孕んだらしいとか、どうでもいいようなことで騒いでは「ジェイジェイ・ジェイジェイ」と唱えて手をこすり合わせる。数珠まで持ち出す者もいる。たかが大根相手にその生真面目なさまは哀れさえ誘う。
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