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帰り道、何となく覗き込んだ路地裏に猫が一匹。
私は猫が苦手だから、「わあ」とか「きゃあ」とか叫んで薄暗い灰色をした地面に尻もちをつく。
そしたら、「大丈夫?」とその猫が話しかけてきた。どうやら心配してくれているよう。
しかし、そこはまあ猫なので、50キロはある私の手を取り持ち上げることはできないらしい。話しかけたきり、その綺麗な瞳を彷徨わせて気まずそうにしている。
そんな様子を見るうちに、「この猫はどうやら引っ掻いたりしないみたいだぞ」と思った私は、
「ありがとう」
と話しかけた。
すると、
「あ、どういたしまして」
と返される。
その、何となくぎこちない会話をくすぐったく感じ、私は思わずくすりと笑う。
「あなたは、猫なのにしゃべる事ができるの?」
「うん、そうみたい。きみの事を見たら話せるようになったんだ。」
「へええ」
なんだかすごい話だ。けれど、なんで私を見ることで話せるようになったんだろう。何となく前に家族と育てていた猫に似ているような気がしなくもないけど…。
「そうだ、せっかくだから、きみに魔法をかけてあげよう」
猫が明るい声で言う。
「そんなことできるの」
私が訊くと、
「もちろん」
自信満々、といった様子で断言した。
「さあ、どんな魔法がいいか言ってごらん」
私はしばらく迷ったあと、
「じゃあ、若返りの魔法がいいわ」
と言った。
私、池波和子は今年で80歳になります。
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