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「あの謌を詠んだのは、僕だよ。約束の場に現れない君を、ずっと待っていた」
心地よい音が耳に響き、抱きしめられていることに気づいた。
張り裂けそうな胸の呼吸を整えて、震える喉を振り絞る。
「……ごめんなさい。千里、ごめんね 」
押し寄せる涙は、止めどなくあふれて鳳来先生の胸元を濡らす。
裏切るつもりなんて、なかった。
精霊だったと知ってからも、どうしようもなく会いたくて、たまらなく愛おしかった。
「現世で君を見つけてから、もう離したくないと思った。僕を思い出してほしい。卒業させたくない。でも、本当は苦しかった。呪いのように、君を縛り続けていることが」
陽だまりのような光を浴びて、桜模様のアザが薄れてゆく。
唇が小さく動いたと思ったら、鳳来先生は薄紅色の霧に包まれてなくなった。
ーーありがとう。また、いつか会えたら。
滲んでいた世界が鮮明に映るようになって、元の教室に戻っていた。
胸元には桜色の造花が付けられ、黒板には三月一日と卒業おめでとうの文字が書かれている。
……そうだ。今日は、卒業式だ。
クラスの人たちが順番に教室を出て行くなか、私は思い出したようにノートを取り出す。
執筆途中だった小説の続きが、ふと舞い降りて来たから。
忘れないように最後の文字を書き記して、卒業式へ向かう。
『来世で生まれ変わった彼らは、運命的な出会いをした。桜模様のアザが、二人の想いを結びつけたのだ』
開いたままのページに、ふわりと桜の花びらが落ちた。
今日という卒業の日を、祝うかのように。
徒桜 時繰り返し ありき会ふ 印をつけし 思へる君に
fin.
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