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驚いて、さっとルーズリーフの文字を隠す。
授業を聞いていなかった私が問いに答えられるわけもなく、分かりませんと体を小さくした。
「外を眺めるほど、僕の授業は退屈かな?」
「いえ。耳にとっては、とても良き授業です」
「頭まで届けるように伝えておきなさい」
そこらでくすくすと笑い声が聞こえてきても、全く気にならない。間違ったことは、言っていないのだから。
何もなかったみたいに授業が再開して、別の和歌が詠まれる。
「秘めしまま すがらに待ちし 赤桜 君を想ひて……」
ーー消え去にぬとも。
小さく動かす唇と、全く同じセリフが、鳳来先生の口から繰り出された。
やはりと一人頷いて、ノートの文字を指でなぞる。
「平安時代には、いくつもの物語が残されていますが、これはあまり知られていない物語に出てくる和歌です。裏切られた事に気付かず、永遠に相手を待ち続けているといった内容で……要するに失恋の歌だ」
詳しくもなければ、古典に興味はない。それなのに、なぜ今この場で教えられたはずの和歌を知っているのか。
ーーその人かわいそう。
ーーいつの時代でも、女ってこえーな。
ーー男も変わんないでしょうが。
雑音の流れる中、研ぎ澄まされた鼓膜はひとつの声だけを拾う。
「これは実在するある神社が舞台になった話で、桜雲……」
言いかけた唇を、ふっと緩めて。
「さあ、時間だな。最後は余談になったが、これで僕の授業は終わりだ。みんな一年間お疲れさま」
チャイムの合図と同時に、こちらへ視線が向けられた。艶やかに刺すような瞳から、耐えきれず顔を背ける。
どれにも身に覚えがあった。先生の綺麗な顔は、意味深に私を挑発している。
今日を過ごすのは、初めてじゃない。確信はあるのに。
『数ある選択肢の中から、答えを導き出すの』
あの夢がなにを意味するのか、私はまだ気付いていなかった。
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