桜リセット

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 いつもと同じ帰路。天気の良い日は、学校帰りに限らず、休日もこの龍峰(りゅうぶ)神社を訪れる。  小さな蕾をつけた桜の樹を背もたれにして、スケッチブックの上にサラサラと鉛筆を滑らせた。  髪をひとつに結った青年と、日本人形のように長い黒髪をした女性の絵。その隣に、神社と蕾を模写する。  この角度で眺める風景は、想像力が高まりアイデアが湧いてくる。小説の登場人物やプロットを考えるのに好都合な場所。  いつものごとく書き物をしていたら、神社に現れた人影に気付いた。広げていたノートを閉じて、とっさに樹の背後へ身を隠す。  すらりとした長身に落ち着いた物腰は、眼鏡がないためか学校で見る印象とは少し違う。  ほとんど誰も来ないさびれた神社だから、油断していた。まさか鳳来(ほうらい)先生に会うなんて。  彼の立ち姿は、神秘的な背景と同化するように、まるで一枚の絵を見ているようで。  何かに取り憑かれたように、木の陰に隠れて、ただその完璧な被写体を描きなぐる。けれど、次に視線を戻した時には、もう先生の姿はなかった。  ……あれ、今のは幻覚?  たしかに、そこにいたはずなのに、風どころか、葉ひとつ揺らいではいない。  樹木を支えに立ち上がると、手首が疼いた。生まれた時からあるアザは、桜の模様に似ている。  今まで気にしたこともなかったけど、この樹にも大きな傷跡があるのだ。ここへ来る時にだけ痛みを感じるのは、なにか意味がある気がして。  そっと手首を包みながら、後ろ髪を引かれる思いで神社を後にした。  ーー明日、三月一日の卒業式を無事迎えられますように。
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