桜リセット

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 どくん、と心臓が大きく波打って、目の前が霞む。  どうして、鳳来先生がそのことを?  だいたい、私が執筆活動をしているなんて、一度も話したことはないはず。  ぐっと掴まれた腕が震えて、ごくりと喉を鳴らす。 「天ヶ瀬さんのこのアザ、珍しい形だね。まるで、桜の……」  とっさに手首を振り払って、逃げるように走った。  たしかに、鳳来先生の言う通りだ。桜夜夢寐物語は、私が執筆している小説とあまりに似すぎていた。  舞台とした時代は違うけど、設定や登場人物の名前まで全く同じで、偶然とは思えない。情報がないのだから、知らずのうちに取り入れていたと思い難いのだけど……。  息を切らしながら、意識が朦朧としていく。熱でもあるみたいに体が重い。 『天ヶ瀬桜沙。あなたはまた、繰り返す。数ある選択肢の中から、答えを導き出すの。さもなければ、ここから抜け出すことは永遠にできない』  また、この声だ。誰か分からない女の人。  辺りが白い光に包まれて、細めた目を開くと、私は教室にいた。黒板の前には、鳳来先生が立って授業をしている。  二月二十八日の午前に、再び戻されたのだ。ノートの端には、小説の続きが書き記されている。このあと、瓜二つの内容を読むことになるとも知らないで。  バカみたいと、黒い線で塗り潰す。  どうしたらいいの? この不可思議現象に、鳳来先生が関係していることは間違いないのに。 「天ヶ瀬さん、そんなに僕の授業は退屈?」  すぐ真上に気配を感じて、さりげなくノートの文字を隠した。  すみませんと口を開こうとしたとたん、先生の顔が誰かと重なる。整った輪郭と憂いだ瞳、艶やかな唇は、私の作り上げた小説の人物そのもので、思わず声が漏れた。 「……(せん)()?」
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