拾われたのは、私でした。

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拾われたのは、私でした。

 かみさま、どうか、たすけて。  神様という存在が聞き届けてくれたのかは分からない。  ただ、日々に疲れ切ってて、もう駄目。もう無理。もう嫌だ。と思考がループしていた。今にも雪が降りそうで寒いし生きるのもつらいしどうせなら何かに縋ってめちゃくちゃに泣きたかった。そのくらい追い詰められていた。でも、酔えない体質の私は酒に溺れることすら出来なくて、貧血からくる目眩でしゃがんだつもりだったのだ。まさかそのまま立ち上がれなくなるどころか、地面に体をあずけることになるとは思っていなかった。  そんな愚かにも自宅にすら辿り着けず、床ですらない地面に倒れて死にかけていた私の救い主。 「……ああ、やっと見つけた」 「だ、れ?」  ニヒルな笑顔。眼鏡がズレてたし体調も悪かったからかなり視界がボヤケていたけれど、向けられていたのは満面の笑みだったと思う。それと、差し出されたぷにぷにと柔らかそうな肉球をたっぷり時間をかけてぼうっと交互に見つめていた。 「助けに来たよ、ぼくの(つがい)」 「……え?」  差し出された肉球に手を伸ばすのを躊躇っていたとでも思われたのか、とても大事なものをとても大切に扱うようにひんやり冷えた地面から私をすくい上げてくれた。 「……あったかい」 「もう、大丈夫」  手触りの良いいい感じに暖かいもふもふにすりすりと頬ずりして、力を抜いて全身をあずける。もうなんでも良い。 「……きもち、いい」 「安心して」 「うん」  疑問とか誰とか何が起きてるのかとか、もうどうでも良くなっていた。とろりと溶けた思考は眠気を誘発していたし、「寝てていいよ」と優しい声が聞こえたから小さくうなずいてそのまま眠ってしまった。  ここはどこ。布団の中なのは何となくわかる。わかるんだけど、ここが自宅ではなさそうだというのもわかる。  だってなんかものすごく美味しそうな匂いがするし。自宅でこんな匂いがするものを作った記憶もない。ぼーっとそんなことを考えていたので近づいてきた存在に気がつくのが遅れた。  ぽむっとちょっと冷たい肉球が額に押し当てられる。気持ちいい。じゃなんくて。 「……へ?」 「あ、良かった。熱下がったね」  心配したんだよと言いながら、目の前に二本足でバランス良く立って割烹着を格好良く着こなしている猫が居た。そう、猫。  ちょっと待って欲しい。  今どきの猫って二本足で立ったり割烹着を着こなしたり家事してくれるの? 生きて、る? いやいや、中身が機械とか? もしくは普段から着ぐるみを趣味にしている誰かとかだったりしない? 「お腹すいてるでしょう? 少しでも良いから何か食べてね」  静かに混乱している私に、のほほんとマイペースに声をかけてくる。ほっと安心する耳に心地よい声音。 「えーっと」 「どうかした?」 「着ぐる「じゃないよ」……あ、ハイ」 「とりあえず、これ飲もう?」  尻尾に乗せていたお盆に半分ほどスープが入っていた。両手で受け取るとほのかに温かい。 「一気に飲まないで、ゆっくりね」  小さくうなずいて有り難く口にする。少しトロミがつけてあった甘いスープはほんのり温かくて口当たりもよく飲み込みやすくて優しい味がした。  こくりとゆっくりと時間をかけて飲み干すと、よく出来ましたというかのように無言で優しくぽむぽむと肉球で頭を撫でられた。頭を撫でられるなんて、いつぶりだろう。ふいに視界が歪んだ。  そっと中身のなくなったマグカップが消えて、疑問に思う間もなく暖かなもふもふに包まれる。  ゆるされた、と思った。  だいじょうぶだ、と思った。  だれもみてないよ、と、声が、聞こえた。  だから、そのまま泣けるだけ泣いた。みっともなく縋り付いて、わーわー騒ぎながら泣いた。今までどんなに頑張ってもこんなみっともない泣き方なんてしたことがなかったのに。 「頑張ったね、ぼくの番」  そう言って肉球で身体中を撫でてやさしく許してくれたから。  ああ、もうひとりで頑張らなくても良いんだってやっと私は信じることが出来た。 end
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