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第二十八話 眼差し
馬車は、目抜き通りの人通りに割り込むようにしてしばらく進むと、わき道にそれ、城の通用門へと回った。先達の騎士が馬を走らせる。
のんびりとした風体で使用人と立ち話をしていた当番兵が、騎士の姿にあわてて周囲の者を遠ざける。
馬車は城内へと入っていった。
外郭から中庭を通り、やがて城館の裏門をくぐると回廊へと入る。
石造りのひんやりとした気が漂う中、城内へと続く小さな扉の前で一行は止まった。ここでは外の喧騒もさして気にならない。傍らには案内役の侍従長と衛士がすでに控えている。
オルテンが大きな体を御者席から降ろすと、馬車の戸を開けた。まずトレスが降りる。
「さ、どうぞ」
伸ばしたトレスの手を取り、外套と頭巾に身を包んだクリシアが石畳へと降り立った。
「お疲れさまでした」
オルテンが、巨体に似ず優しい顔で微笑みながら一礼する。
「ありがとう。オルテン」
クリシアが頭巾の陰から言葉を返す。
トレスが城の役人たちと挨拶を交わし、クリシアは彼女とともに城の上階へと向かった。
上るにつれ、また城下の喧騒が聞こえてくる。大きな都市ではないが、活気があるのは叔父のベルーノの努力もあるのだろう。
二人は小さな客間に通された。
外套を脱ぎ、椅子に腰かけたクリシアは精いっぱい毅然とした態度をとったものの、内心かなり緊張している。ベルーノとは何年もあっていない。もちろん、前に会ったときは今のような姿ではない。
今の私を見た叔父は、何と思うだろう。いったい、どんな態度で叔父に接すればよいのか。
彼女の心配を見透かすように、脇にいたトレスが声を掛ける。
「ご心配はいりませんよ」
クリシアが黙って頷く。
しばらくすると足音が聞こえ、ベルーノが部屋に入ってきた。後ろに奥方のエルシラが控えている。
ベルーノは姪を見ると、ふくよかな顔に満面の笑みをたたえ、両手を広げて近寄ってきた。
「クリシア! おぉ、よく来た、よく来た」
クリシアたちが立ち上がる。
「お久しぶりです。叔父上」
彼女が、精いっぱいの努力で笑みを浮かべ挨拶する。二人が抱擁を交わす。エルシラが後ろから彼女とトレスに会釈した。
ベルーノが、クリシアの顔をしみじみと見ながら微笑む。
「だいぶ髪が伸びたな。その服も似合っておる。こうしてみると母上に瓜二つで誠に美しい」
痩せこけた身体や頬の傷を含め、以前とは別人のような彼女の容姿を無視するその言葉は、誰から見ても世辞の範疇を越えている。だが、叔父の温厚な人柄を知っているクリシアは、それを素直に受け入れることにした。
ぎこちなく微笑み返す。
「久しぶりの遠出だろう。疲れてはいないか?」
「はい。道中、何の心配もなく到着いたしました」
「うむ。さすがは自慢の姪だ。少し痩せたようだが、騎士としての心はまだまだ健在だな」
ベルーノが笑う。
正確に言えばクリシアは騎士ではない。叙任を受けていないので、まだ国成軍の一兵士だ。そもそも女で騎士になったものはいない。
だがそんなことにはお構いなしに、ベルーノは肉厚の手で彼女の両手を包み込み、身をかがめ穏やかな眼差しを向けながら言った。
「ここは良いところだ。お前の住まいも吟味して用意した。気に入ると思うぞ。何も心配せずに、安心して暮らしておくれ」
クリシアは、叔父の気遣いをありがたく思いたかった。だがベルーノの言葉は、彼女がやはり一人では生きていけないということを、これまで以上に思い知らしめるものでしかない。
トレスやオルテンも含め、周囲のすべてから同情されるようになってしまった自分には、もはや軍人としての誇りを持つことさえ許されないのか。
今の彼女には、小さな声で礼を返すのが精いっぱいだ。
そして、その言葉の陰りに気づいたエルシラの眼に、哀情とも憐憫ともつかぬ光が宿っていたことにも、クリシアは気づいていた。
一行はこの城にしばらく滞在してから、改めて出立することとなった。
ベルーノとしてもクリシアを預かる以上、普段の様子を見ておく必要がある。そして口にこそ出さなかったが、彼自身、変わり果ててしまった彼女の身を大いに案じている。できればこの城に置きたいと思ったが、それでは彼女がここまで来た意味がない。やむなく諦め、山間の小さな城館を用意している。
時がかかっても、まずはクリシアに生きる目的、希望を見つけてやらねばならない。
ラグネーゼに滞在中、クリシアとトレスは城の裏手に位置する静かな部屋をあてがわれた。
領主の姪ともなれば、賓客として盛大に出迎えられ饗宴が催されるはずだが、彼女たちにそれはない。宴どころか、ベルーノたちと飲食を共にすること自体が、今のクリシアにはできない。
叔父もそれをわかっていて、彼女たちの生活には干渉しないと約束している。
それでも、彼女が部屋に閉じこもってばかりいてはと気をもみ、気晴らしに城下の見物を勧めてきた。
ここならば彼女の顔を知る者もいない。
クリシアが、滞在中には外にも出てみたいと答える。ベルーノは喜んだが、彼女の心はすぐに叔父の顔から離れていった。
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