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「何書けばいいかわかんねえんだよな」
「おやすみの一言でもいいですよ」
「え、そんなんでいいの?逆に忘れそうだけど」
「だからそれを忘れずに一日の終わりに私のことを思い出してくれたことが嬉しいんですよ」
「…あれそういう意味なの?」
「初心者の私よりポンコツなのなんなんですか」
「いや最初からそう言えよ」
そしたらアラーム掛けるわ、なんて。
的外れなことを平気で言っているから呆れた。
アラームを設定する時点で一日の終わりに恋人のことを忘れてる気満々じゃないか、と思ったけれど、何だか指摘する気力も削がれたのでもう何も言うまい。
「てかそんなことより腹減ったわ」
「…なんか稜さんがこれまで振られてきた所以がわかった気がします」
「なら弥生もそのうち俺のこと振るかもな」
「あり得ますね」
「あっそ」
ご勝手にどうぞ、なんて冷たいことを言ってくる稜さんは、体に巻き付いた私の腕をほどいて悠々と立ち上がった。
黒いTシャツに包まれた背中がこんな些細な瞬間まで綺麗だ。なだらかな肩の曲線越しにこちらを振り返った稜さんは、私に振られる気など毛頭なさそうに。
「なんか朝飯調達しに行こうぜ」
その横顔は憂いもなく、涼しげだった。
美しい人は、何をしても様になるのだから狡い。
真面目で優秀な私の上司は、恋人になると到底完璧とは言い難い無頓着さを晒しているのに、少しも憎めなくて参ってしまう。
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