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軽薄にヘラヘラと笑う兄の顔を思い浮かべながら苦々しい気持ちが湧いた。私はそれをジョッキに残ったビールで押し流し、テーブルの上の呼び鈴を押す。
「まあモテる要素しかないからね、啓司さん」
「そんなに良いもんかな?私は和哉くんのほうが女の子に困らなさそうに見える」
「アイツは確かに困ってないよ、むかつくけど」
「ほんと昔から格好良いもんねえ」
「多分まだ彼女とっかえ引っかえだよ、ったく」
「でも若いし仕方ないよ」
自分の兄の自堕落な恋愛模様を見てきたおかげと言うべきか、男の人に対する夢はなかった。若い頃の男の人なんて、ある程度は奔放に遊ぶものだと勝手に思っている節がある。
稜さんのこれまでを想像するのは生々しくて心が痛いけど、でも、正直そういう感じだったのだろうなと予測はついていた。あんな風にすぐ濁して逃げるのだから、きっと褒められた経験値の積み方ではなかったのだろう。
「…うわあ、瞬さんもその節はあるんだよなあ」
「葉月の彼氏さん格好良いもんね」
「実は私と付き合う前は同期の女の人とそういう関係だったらしくてさ、前の相手を知っちゃうと結構、心臓痛い…」
「…え」
何の気なしな葉月の言葉に、不安が胸を衝いた。
必死に取り繕った仮面が剥がれる。
騒がしい話声とアルコールの匂いの氾濫するこの空間が、自分から一歩距離を置くような感覚がした。心臓の端を握る潰されるような鈍い痛みに思わず顔を顰めた。
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