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「他の奴等の餞別が弥生より盛大なの何なんだ」
「それだけ好かれてるってことですよ」
「野郎相手に嬉しくねえよ」
時刻は夜の八時を少し過ぎたところだ。
二週間ですっかり勝手知ったる住処と化したこの部屋とも今夜でお別れかと思うと、無意味に感傷的な気分が込み上げた。今夜は何かにつけて浸りそうになる。
「弥生」
緩めたネクタイをぶら下げたままワイシャツの第一ボタンを外した稜さんが、どこか苦笑気味な表情で私を呼んだ。不意にするりと絡め取られた指先に淡く力が籠められる。
「…素直すぎんのも考え物だな」
稜さんから導かれる引力に従って腕の中に沈む。
煙草の香りが鼻先をくすぐった。
そのまま触れるだけの口付けが降り注いだかと思えば、体勢を入れ替えてベッドの上に横たえられる。そのまま何度か弾んだ唇が、微かな息を漏らして私の頬に触れた。
「早速泣くのかよ、馬鹿」
「りょ、うさん、ごめんなさ、い」
「あのな、謝んのは弥生じゃなくて俺だろ?」
眦から滑り落ちた涙の軌跡を辿るように稜さんの唇が肌をなぞる。ごめんと囁く声は僅かばかり掠れていて、心臓の一番深い場所から切ない痛みが湧き出してきた。
抱き締めてくれる稜さんの腕にしがみつくようにして肩口を涙で濡らした。全身からこぼれ出すこの寂しさに慣れる日なんて一生来ないと断言してもいい。
「あー…クソ、一緒に連れてけたらな」
───…覚悟してたはずだった。
だけど、こんな苦しみをあと何度乗り越えなければならないのだろう?
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