3. ひとりぼっちのジェントルマン

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3. ひとりぼっちのジェントルマン

「痛―い!」 そう叫んだが、誰も助けてくれる人は居ない。  勢いよく尻餅をついたような衝撃を受けた エイミーは、しばらくの間、何が起こったのか 理解できなかった。 だが、空中に舞い上がった埃っぽい匂いと 湿った空気、ズキズキするお尻の痛みを感じ ながら、恐る恐る目を開けてみると、エイミー の体は、ボロボロのソファに埋もれていた。 周りを見渡すと、かつては立派な応接間だった ようで、ソファの側には大理石で出来た重みの あるテーブル。 そして、天井には落ちてきたはずの穴は跡形も無く、あるのは蜘蛛の巣がはった大きなシャンデリア。 壁には、立派な額縁に入ったぼんやりとした 絵画が掛けられていた。 そして、ステンドグラス。 アンティークな様々な色ガラスがレッドケーム によってつなぎ合わさり、外からの光を取り込んで太陽と月の神秘的な模様を浮かび上がらせている。 しかし、何年も人の手が施されておらず、 どの家具も傷みが激しく、古い本や割れた 食器で散らかっていた。 エイミーはお尻の痛みも忘れ、 スカートの埃を払った。 そして、この部屋の中でかなりの存在感がある 古い暖炉に引き寄せられるように、ゆっくりと 近づいた。 暖炉の上には、 3つの写真立てが並べられている。 背がスラッと高く、ブラックスーツをセンス良く着こなした男性の写真。 淡いピンクのドレスを着て、髪をやわらかい 立巻きにカールさせた美しい女性の写真。 そしてもう一つの写真立てには、この二人が 肩を寄せ合いダンスをしている写真が入っていた。 「ステキ......」 エイミーが写真に写っている二人に見とれて いると、どこからか途切れ途切れ流れる メロディーが小さく聞こえてきた。 何の曲かは聞き取れない。 かすかに聞こえる音の出所を探す為、 エイミーは神経を集中させた。 すると、広い部屋の片隅に、申しわけ程度に、 そして無造作に置かれた箱を見つけた。 埃をかぶったその箱を、そっと開けてみると、 中には手のひらに乗るくらいの艶を失った 小さなオルゴールが入っていた。 このオルゴールの陶器でできた主人は、 寂しそうな表情をしたジェントルマンで、 片手にブルーのステッキを持っていた。 突然の訪問者に助けを求めるように、 残された力で、今にも止まってしまいそうな くらいゆっくりと回り、曲を奏でていた。 エイミーは、すぐにこのジェントルマンが 何故、寂しそうなのか理解できた。 「ねぇ、パートナーはどうしたの?」 ジェントルマンの隣には、共に回り続けるはず だったレディが足跡だけを残し、消えていたのだ。 エイミーは、この部屋のどこかにレディが居る 気がして、オルゴールを大理石のテーブルの 上に置き、無意識のうちに探し始めた。 エイミーは二人が離れ離れになってしまった いきさつや、きっと、レディが、またあの ジェントルマンと一緒にメロディーを奏でる事を夢見て、探し出してくれるのを待っている姿 を思い描きながら、あらゆる場所を探した。 空っぽの引き出しや、亀裂の入ったティーポットの中、時間を刻む事を忘れた置時計の裏。 だが、どこにも居ない。 大きなソファの下も膝をついて覗いてみた。 目を凝らしてみたが、その小さな空間には、 光が届かない為、よく見えない。手を精一杯 伸ばしてみたが、何も触れるものは無かった。
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