4. 巨大迷路とひつじ雲

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4. 巨大迷路とひつじ雲

(ここにも居ないか......) エイミーはジェントルマンとレディに申し訳 ない気持ちでいっぱいになり、肩を落として、 ゆっくり立ち上がった。 すると突然、応接間がエイミーだけを部屋に 残し、みるみるうちに天井に引っ張られるように上昇を始め、そして一気に巨大な迷路と化した。 しかし、単なる迷路ではない。 壁がはるか遠い空までそびえ立ち、 幅は1メートル程。 そして、ダークグレーの大理石で出来た 固く分厚い壁なのだ。 その為、目印にするものが何一つない。 どの道を通っても一面、 冷たくて圧迫感のある壁。 ただ一つ見えるのは、いくら手を伸ばしても 届かない青い空だけだった。 エイミーは突然の事に驚き、 大きな目をパチパチさせた。 しかし、この迫ってくるような迷路を抜ける ことが出来れば、レディに会えると信じ、 それを勇気へと変えて進み始めた。 右へ、左へ、休みなく進んだ。 しかし、 どうしても行き止まりにぶつかってしまう。 (また行き止まり......) 目の前に立ちはだかる壁を見ただけで、 溜息が出てくる。 どっと疲れが出て、エイミーは座り込んだ。 出るに出られない、ごちゃごちゃとした迷路の 中、独りぼっちのエイミーは、寂しさとレディ を見つけられない悔しさで、目が熱くなってきた。 そして、涙でぼやけた空をしばらくの間、 見上げていると、飛行機が自分の飛んできた 空に跡を残すように、細くまっすぐな雲を 引き連れながらゆっくりと飛んできた。 「飛行機雲......」 飛行機が飛んで行ってしまい、 見えなくなると、だんだん焦りに似た思いに かられ、エイミーは飛行機雲が消えないうちに、また歩き始めた。 左、右、そして右へ。 分かれ道ごとに空を見上げてみる。 さっきの場所からは、飛行機雲が見えなかったのに、右に曲がったこの場所からは、またさっきの飛行機雲が見える。 同じ場所に戻って来てしまったのだろうか。 来た道を戻って、今後は左に進んでみた。 「他の雲も見えないかな。大きな入道雲とか」 すると、突然、入道雲が現れた。 「ワタ雲、スジ雲、ウス雲......」 心で思い浮かべる雲が次々に出現し、 しかも静止しているのだ。 エイミーは、雲が力になってくれているのに 気付き、大空というキャンパスに次々と目印を描いた。 「それから、ヒツジ雲!」 この時、さっき見た飛行機雲を思い出し、 自分にもヒツジ雲を引き連れる事が出来るような気がした。 「大空のヒツジちゃんたち、私を助けて!」 と、願いを込めて走った。 すると、ヒツジが一匹ずつ次々と現れ、 エイミーを道案内するように列を成して走り出した。 「すごい! すごい!」 エイミーは、ヒツジたちと一緒にどんどん進んだ。ヒツジたちは、楽しそうに跳んだり跳ねたりしながら、エイミーを先導してくれた。 すると、まっすぐに進む道と、右と左、それぞれに進む分岐点にぶつかった。 空を見上げると、ヒツジたちはもう増える様子はなく、頑張れとエールをエイミーに送っているように見えた。  エイミーは「ありがとう」の言葉の代わりに元気に大きく手を振った。 ここからはまた独りで進まなければならない。 エイミーは、進む道をすでに心に決めていた。 (右へ行こう!) 右へ曲がり進んで行くと、だんだん雲行きが怪しくなってきた。 今まで、見えていた青空がグレーの雲に覆われ、足元も見えにくくなってきた。 「こういう時は、怖いと思っては駄目。 楽しい事を考えなきゃ......」 エイミーは自分を励ますように呟いた。 しかし、エイミーの思いとは裏腹に、とうとう上も下も、右も左も何も見えなくなり、エイミーは、音も光も無い真っ暗な長い長いトンネルの中を歩いているようだった。 だが、エイミーは引き返すことも出来ず、手探りで自分を信じて前へ前へと進んだ。  すると、今まで真っ暗だった前途に一条の光が差し込んだ。 その光に誘導されるように進むと、見覚えのあるノスタルジックなステンドグラスが現れた。あの応接間に戻って来たのだ。 エイミーは、ホット胸を撫で下ろした。  すると、ステンドグラスの下に飾られていた造花が月の光によって照らし出された。 エイミーがゆっくり近づくと、色ガラスの気泡と光の屈折によりキラキラとブルーローズの花が輝き、その下にレディが居たのだ。 陶器で出来たレディは、エイミーの想像通りの美しい人だった。 「やっと見つけた!」 エイミーはすぐに、ジェントルマンの隣へ連れて行き、元の位置に戻した。  すると、レディは頬を赤く染め、天使のような笑顔を浮かべた。 また、先程まで寂しそうな表情だったジェントルマンにもハツラツとした笑顔が戻った。 エイミーは、もうこの二人が決して離れてしまわないよう祈りながら、そっと写真立ての飾られた暖炉の上に置いた。  すると、さっきは無かったはずの、シルバーのカギが、写真立ての前に3つ並べて置かれていた。長い年月のいたずらで濁った色に変色しているが、アンティークチャームのような可愛い形をしている。  きっと、この二人からのプレゼントだと思い、エイミーはそっと手に取り、大切に握り締めた。 その途端、レディとジェントルマンは、今まで別々に過ごしてきた空白の時間を取り戻すかのように、楽しそうにダンスを始め、美しいメロディを奏で始めた。 もう少し、このメロディを聞いていたかったが、エイミーには時間が無かった。 とにかく、前に進まなければならないのだ。
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