6. 縞々、縞々。

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6. 縞々、縞々。

―― トントントン ―― しかし、返事は無い。  エイミーはもう一度、カギと扉の番号を見比べて確認し、鍵穴にカギを差し込んだ。 カチッと正確な音が刻まれると、 迷うことなく金色の取っ手に手をかけた。  その瞬間、「静」を保ち続け、たまりにたまった大きな電気が、バチッと鋭い音を立てた。指先一点に流れた雷のような電気は、エイミーの頭の先から爪先まで一気に駆け抜けた。  エイミーは慌てて取っ手から手を離したが、もう遅い。扉は大きく開かれ、あっという間にエイミーの体は、部屋の中に吸い込まれてしまった。 「きゃー!」 エイミーはしばらくの間、自分の身に何が起きたか理解ができず、頭の中がクルクル回っていた。 (きっと、目を開けたら真っ暗で、何年も前に私みたいに雷に打たれた骸骨たちが、私を新しい仲間に入れようと待ち構えているのかも。 そうじゃなかったら、 黒い服を着た魔女がグツグツと鍋に火をかけながら、私をカエルに変える呪文を唱えているんじゃないかしら......) エイミーは自分が、どんな恐ろしい場所に来てしまったのか、どんどん想像が膨らんで怖くて目を開けられなかった。  すると、フサフサというか、フワリというか、とにかく奇妙な感触を頬に一瞬感じ、 心臓がドクンと鳴った。 (何? 今のは何?) 頬に触れた物体が何なのか気になって仕方がない。こうなったら、目を開けて確かめるしかない。 (どうか気持ちの悪いものでありませんように。私、虫は苦手なの。特に飛ぶ虫は絶対に嫌よ) 自分に一生懸命そう言い聞かせながら、 目を開けてみると、 ―― 猫が飛んでいた ―― (なんだ、猫か。虫じゃなくて良かった〜、 って、ありえない!) しかも、その猫は赤と黄色の縞々模様の入ったマントをつけて、フワリフワリと眠たそうに浮かんでいる。  他にも変な生物が浮いているような気がして、恐る恐る目だけを右、左、そしてもう一度右と動かして様子を伺ってみる。 壁と天井は赤と緑の縞々。 目に映るものは、全て縞々。 しましま、しましま...... (なんて悪趣味。ママだったら、 こんな模様は選ばないわ) 色と色がケンカし合っていて、 ハレーションを起こしている。 ベッドとカーテンは目がチカチカするような青と赤の縞々。 どこを見ても縞々。 しましま、しましま......  だんだん頭の中が混乱してきて、平衡感覚がおかしくなってきた。 エイミーは目眩かと思い、サイドテーブルに手をかけようとした。 が、その途端、テーブルが足元のフカフカしたジュータンに吸い込まれてしまい、またバランスを崩しそうになる。 (目眩じゃない! 部屋全体が回転しているんだ) クルクル回って、まるで床屋さんの入口に置いている、あのシマシマでクルクルしているサインポールみたいに。  そして、砂時計の砂が落ちていくかのように、ベッドもライトもソファもどんどん、 縞々ジュータンに呑み込まれ始めた。 (どうしよう、このままこの部屋に居たら私も吸い込まれちゃう。あの扉から出なきゃ) 扉に近づこうとした途端、 ジュータンがエイミーの足を引っ張り始めた。 「やだやだ、やだ!」 力一杯、足を前に運んで扉に手を伸ばす。 あと少しなのに、届かない。 足場がだんだん無くなってきて、汗を掻きながらもがいているエイミーの横をさっきの猫が、こんな大変な状況の中にもかかわらず、 大きな欠伸をしながら気持ちよさそうに飛んでいる。 エイミーは、 ゴクンと唾を飲み込んで覚悟を決めた。 「お願い、助けて!」 そう叫びながら思い切りジャンプし、 猫のシッポに捕まった。  ジュータンからの吸引力からは何とか逃れたものの、猫のシッポにぶら下がっているエイミーに次に起こるであろう事は誰にでも想像がつく。 ビックリした猫に引っ掻かれるか、 または、思い切り振り落とされるかだ。 そして案の定、猫の顔がゆっくりと、こっちを向き、エイミーとバッチリ目が合い、 もの凄い形相になっていった。 毛が立ち始め、目がギラリと光り…… 「ギャー!」 突然、何者かに捕まれたシッポは、前後左右見境なく思い切り振られ、耳を突き抜けるような鳴き声と同時に、エイミーは扉に叩きつけられ、バタンという大きな音と共に、暗くて静かな廊下へ投げ出された。  エイミーは幼い時、ぬいぐるみのように可愛い猫に触れたくて、手を伸ばして撫でようとしただけなのに、まさかの猫パンチをくらい、裏切られたようなショックを受けた事を鮮明に思い出した。 「やっぱり、猫なんて大嫌い!」 だが、またこの扉がパッと開いて縞々に吸い込まれてしまう恐怖が体中を駆け巡り、エイミーは、急いでその場から離れ、踊り場の鏡のある所まで走った。  鏡に映った自分の姿を見ながら、落ち着きを取り戻そうと、大きな溜息をひとつ。  エイミーのポケットの中にはカギがあと2つ入っている。 エイミーは、このカギを使うかどうか悩んだ。 「またさっきみたいな怖い目に遭うのはイヤ。でもこのままここに居ても、この鏡が助けてくれそうにもないし」 エイミーは、2つ目のカギを使う事を決心した。  そして、足早に、先程の扉を通り過ぎ、廊下の中央辺りで光っている、2番目のランプの所へ行った。そして扉の番号を祈るように読み上げ、呼吸を整えた。  そして、ゆっくりと扉を開けた。
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