7. ティータイム

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7. ティータイム

 その部屋の中に入ると、とても明るい優しい日差しと、甘い香りがエイミーを包み込んだ。 「よく来た。よく来た、エイミー」 エイミーに声を掛けてきたのは、 パティシエの格好をした白いウサギだった。 「どうして、私の名前を知っているの?」 エイミーが口ごもりながら尋ねると、 白いウサギは、その質問を待っていましたと、言わんばかりの満ち足りた笑みを浮かべながら、こう答えた。 「ワシの名前はデビット。ワシは何でも知っているとも。エイミーのパパとママの事も」 「パパとママの事も?」 「そうじゃよ。パパのパパの事も、ママのママの事も。パパのママの事も、ママのパパの事も。それからパパのパパのパパの事も、ママの......。」 エイミーはおかしくなり、 デビットの声に合わせて言った。 「ママのママのママの事も!」 デビットは、 咳払いをゴホンと一つしてこう言った。 「その通り。なかなかエイミーは感が冴えておる。とにかくみんなの事をワシは見てきたのじゃよ。おかげでもう、こんなに真っ白になってしまった。昔は、水色と白のコントラストが自慢の毛並みだったのだがね」 「真っ白のデビットもステキよ」 そう言って、 エイミーとデビットは一緒に笑った。 「さあ、立ち話はこの辺にして、こちらへどうぞ」 デビットは、エイミーの為に座り心地の良さそうなイスを引いてくれた。 「ありがとう。デビット」 二人用の小さな丸いテーブルの真ん中には、 深い茶色の花が、ガラスの一輪挿しに飾られていた。そして、この花からいい匂いがする。 エイミーが鼻を近づけてみると...... 「チョコレート?」 「その花は、ホットチョコレートの甘い香りのする『チョコレートコスモス』と言うのじゃ」 「食べられるの?」 「いや、それは本物の花じゃ。エイミーに食べて欲しいのは、こっちじゃよ」 そう言いながらデビットは大きなトレーを運んで来た。 そのトレーには、色とりどりのキャンディーや美味しそうなチョコレート、いろんな形をしたクッキー、それからメイプルシロップのかかったワッフルに、みずみずしいフルーツが夢のように盛り付けられていた。 「わー!美味しそう!」 「じゃろ、ワシは甘いもの、美味しいものが大好きじゃ。だから、毎日かかさず研究しているのじゃよ。さあ、エイミーもお食べ」 そう言ってデビットは、ナッツ入りのチョコレートを1つ取り、香りを堪能してから、コイントスをするように指ではじき、空中で回転してから手のひらに戻って来たチョコレートを口にポンと入れた。 「おっ、これはカシューナッツじゃな。ブランデーの香りが口の中でとろけて、これぞチョコレートの魔力。んー、なかなかのお味。 302個目......」 デビットは、そう小さく呟きながら胸のポケットからメモ帳を取り出して、何やら数字を書いている。 「デビット、何を書いているの?」 「そうそう、大切な事を言い忘れていた。ここのお菓子を一日に食べていいのは、自分の年の数だけなのじゃ。ワシは今年で確か650歳だから、650個食べていいのじゃ」 「えっ?」 エイミーが目を丸くしながらびっくりすると、 「おっと、少しサバをよんだのがバレてしまったようだ。本当は653歳じゃ。今日はこれで、303個目。メモをしておかないと分からなくなるからな」 そう言って、今度は独特の酸味と甘さがあるクランベリーが付いたクッキーを美味しそうに食べた。  エイミーは、デビットの話をしっかり理解し、大好きなレーズンサンドを口に運んだ。 「美味しい!」 「美味しいかい。それは良かった。さてさて、エイミーは、ロイヤルミルクティーとカフェラテ、カプチーノ。それから...... まぁ、何でもあるのじゃが、何がお好みかい? ドリンクは数に含まれないから好きなだけ飲んで大丈夫じゃ」 「私、アップルティーが好きなの。ある?」 「もちろんじゃ。ナイス マリアージュ! すぐにお持ちしましょう」 そう言って、デビットは綺麗な色をしたアップルティーをピカピカに磨かれたガラスのティーカップに、ゆっくり注いでくれた。 「デビットは何を飲むの?」 「ワシは、しっかりと泡立てた生クリームにシナモンを振り掛ける、ウインナーコーヒーが一番好きなのじゃが、今日はタピオカ入りのチャイに挑戦してみようと思ってな。 この前、インドから来た坊やが秘伝のレシピを教えてくれたのじゃ」 デビットはスパイスの香りを楽しんでから、 一口飲んだ。 「おぉ、シナモン、クローブ、カルダモン。なかなかの香り高い濃厚なお味。身も心も温かくなる『ほっこりドリンク』に追加しよう。 ところでエイミーは、お菓子を作るのは好きかい?」 「ええ、大好き。 ママとよくケーキやクッキーを焼くわ」 「そうかい、そうかい。 そう言えば......」 そう言って、デビットはパパやママがこの部屋に来た時の事を、まるで昨日の事のように話してくれた。 「エイミーのママは、チョコレートケーキが大好きだと言っていた。それから、パパはバナナのシフォンケーキが一番のお気に入りだったな」 「まぁ、すごい! 今でもママはチョコレートケーキをよく焼いてくれるし、パパはバナナが大好きでバナナセーキを毎朝、飲んでいるわ」 エイミーはデビットと一緒にとても楽しい時間を過ごした。  そして、気づくとエイミーは自分の年の11個目の、星型をしたミルクチョコレートを手にしていた。 「あーぁ、これで終わり。デビットはいっぱい食べられて羨ましいわ」 「じゃろ、年をとるのも、足腰は多少弱くなるが、なかなかいいものじゃ」 エイミーはニッコリ笑って、そのミルクチョコを口に入れた。それは、深くまろやかな味がした。すると...... ―― チーン! ―― 奥の部屋から威勢のいいオーブンの音と共に、甘―く、頬が溶けちゃいそうなくらい、美味しそうな匂いが漂ってきた。 「焼けた、焼けた。新メニューが焼き上がった! これは1週間前からリキュールに漬け込んでおいた7種類のドライフルーツがぎっしり詰まったパウンドケーキじゃ」 と、嬉しそうにデビットは焼きたての、赤や黄色、緑、紫などのドライフルーツが宝石のようにキラキラしたパウンドケーキを満足気にオーブンから取り出した。  エイミーは匂いに誘われるように近づき、いつもパパにおねだりをする時と同じようにデビットに尋ねた。 「デビット、私、年の数だけ、もう食べちゃったの......本当にもう食べちゃダメなの?」 「残念ながら、そう昔から言い伝えられているからなぁ。しかし、もう1つ食べるか、我慢するかはエイミーが決める事だ」 と、デビットは人ごとのように言った。  エイミーはこのパウンドケーキをどうしても食べたい気持ちでいっぱいになり、約束を破って食べてしまったらどうなるのだろうと考えた。 (歯が全部、虫歯になっちゃうのかしら。 それなら、これからは毎日3回、 かかさずに歯をしっかり磨くわ。 それとも、まんまるに太ってしまうのかしら。 それなら、ラッキーと一緒に毎日、 朝と夕方に2回走るわ) そう、エイミーが自問自答しながら悩んでいる横を通り過ぎ、デビットはさっさと席についてケーキにナイフを入れた。 「お菓子というのは、味はもちろんだが、見た目の美しさも重要じゃ。では早速......本日、480個目」 そう言いながら、 美味しそうにケーキを食べ始めた。 「おぉ、美味しい。特にイチジクが最高の味を出している。さすが世界最古の果実じゃ!そうだ、次に作る時は、小麦粉の代わりにミネラルたっぷりの全粒粉を使用してみよう」 デビットは独り言のように分析していた。  エイミーは我慢できなくなり、席に座ってデビットに空いたお皿を差し出した。 「いいのかい?」 デビットはエイミーの目をしっかりと見て、 確認した。 「ええ。だって、あまりにも美味しそうなんですもの」 デビットはニッコリ笑って、ケーキの真ん中の一番美味しそうな所を、お皿に載せてくれた。 「このケーキには、『肌を薔薇色に保つ』と言われているローズティーがピッタリじゃ」 そう言って、 真紅のバラが描かれたカップに鮮やかなローズティーをなみなみと注いでくれた。 「ありがとう。デビット」 エイミーは虫歯の事も、まるまる太ってしまう事もすっかり忘れて、パウンドケーキを口に運び、デビットと楽しいお喋りをまた始めた。  そして、最後の一口を食べ終わり、たっぷりとローズティーが入っていたカップが空になった途端、エイミーの体は金縛りにあったかのように、イスから離れなくなった。  そしてそのイスごと、遊園地にあるコーヒーカップの乗り物のようにクルクルと回り始めた。 「あー、デビット。助けて!  体が動かないわ」 エイミーはデビットに助けを求め、デビットはそれに対して何か答えたが、エイミーを乗せたイスのスピードがどんどん上がり、デビットの声は、エイミーの耳にはもう届かなかった。  そしてエイミーは周りの状況を考える余地もないまま、竜巻にさらわれたかのように強い勢力で上へ上へと飛ばされ、瞬く間に薄暗い廊下に立てかけてあった鏡の前に放り出された。
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