EPILOGUE

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「最後に一本いい?」 門出の空は爽やかに晴れ渡っている。 春らしく温かな気候の中で、ベランダの窓をカラカラと開けた瞬さんが煙草に火を点けた。ふわりと白く空気を濁らせるその煙すらもご機嫌に見える陽気だ。 「最後に寂しいって泣いてもいいぜ?」 「あのね、瞬さんの方こそ寒いロシアでたったひとりなんですからね?」 「じゃあ泣いたら胸貸してくれんの?」 「もちろん」 高飛車に笑って腕を広げれば、思いのほか素直に潜り込んできた瞬さんに、ちょっと驚く。 「え、本当に泣くんですか?」 「泣かねえけど、まあ充電?」 抱き締めた私の首筋に顔を埋める。 その匂いと体温に包まれると、涙腺が緩んだ。 日本を発つ前に、結局向こうで絶対に必要なもの以外の身の回りのもの全部を瞬さんは処分した。 使い慣れた家具やお義兄さんから譲り受けた車まで、全部捨てて残ったのは、段ボール箱六つ分の荷物と小さなスーツケースだけ。 理由を聞いたら。 未練になる前に捨てただけ、と彼は言った。 進藤瞬という人らしいシンプルで潔い考えに、私は未練にはならないかと、我ながら惰弱なことを尋ねてしまったら。 葉月には未練残しとくって決めてるからいい、と屈託なく笑って抱きしめてくれた彼に、私は最後まで泣かされていた。 ねえ瞬さん、向こうで頑張ってね。 でも私のこと忘れたら化けて出るから覚悟して。 貴方の恋人は執念深いのよ。 「次に会う時はきっと夏が近いんでしょうね」 「それまで浮気すんなよ」 「そっちこそ」 乳白色を纏った春の優しい陽光が差し込むベランダの隅に、捨て忘れたサンダルが転がっている。 空っぽになったその部屋で、煙草の煙に紛れながら、この先の空白を埋めるみたいに、私たちは夢中でキスをした。
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