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水滴落とさないでくださいね、と注意する声は普段通りの涼しげなもので、初心丸出しに動揺していた最初の頃の姿はもう見る影もない。ほんと物覚えが無駄に早ぇ。
「お前も先風呂入ってきちゃえば?」
「ならお鍋見ててくれます?」
「え、見て何すんの?見てるだけでいいわけ?」
「噴きこぼれる前に火を止めるんです」
「なるほどな」
指示は端的かつ的確に出して欲しいものだ。
そんな憎たらしいことを言う俺に「この程度のこと三十路にもなって指示されないとわからないんですか?」と葉月も生意気に応戦してくるので頬を抓ってやった。
「痛いってば!暴力反対!」
「俺はDV男なので」
「何を誇らしげに言ってるんですか!」
馬鹿なの!とまたぷりぷり怒り出す。
本当にすぐにムキになる女だなと思いながら風呂場に消えていく背中を見送り、なんとか襲いくる睡魔に耐えながら鍋が噴きこぼれないようにと見守った。
「瞬さん、もう眠いんでしょう?」
「…眠くはない」
純度100%の嘘だった。
風呂から上がって来た葉月と牛丼を食べてからのんびりとリビングでくつろいでいると、俺は葉月から目敏い指摘を受ける。
機内で軽く仮眠を取ったものの、昨日は今日からの休暇のためにほぼ徹夜、時差ボケに加えて長距離運転が堪えた俺の体はさすがに睡眠を求めていた。
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