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「潰れても俺ひとり苦労するだけだからな」
「そう、ですか」
「ん?」
腕の中にいた葉月が俯いた。
その拍子にさらりと垂れた髪がその横顔を隠してしまう。俺は何かまた余計なことを言ったかと焦りながら、その長い髪を耳に掛けて、葉月の表情を覗き込む。
「葉月?」
「…なんか、あれですね、なんだろ?」
「俺が聞きてえわ、それ」
葉月は無理やりにへらりと笑う。
ちっとも楽しくなさそうで、葉月に似合わない。
それを見逃すことが最善の選択ではないということを、さすがにこんな俺でも理解している。相手を理解するということに対する努力を怠った瞬間に恋愛は終焉に向かう。
それぐらいは今まで安全地帯から出ずに怠惰な恋愛ばかりを重ねてきた俺でもわかる。いや、むしろそんな恋愛ばかり重ねてきた俺だからこそ余計に身に染みている。
「どうした?」
「本当に、なんでもないんです…」
ごめんなさい、と申し訳なさそうに眉尻を垂らす葉月を見ているだけで、俺の胸の方が痛むから勘弁してほしい。
本当は我慢なんて苦手なくせに。
減らず口で、融通が利かないのが香坂葉月だろ?
「俺にはお前のわがまま聞かせてくんねえの?」
それじゃあ随分と不公平だ。
俺ばっかり葉月にわがままを聞いてもらってる。
本気で女心なんか微塵もわからないような男だと自負しているけど、それでも葉月のことだけは大事にしたくて、甘やかしてやりたくて、でも俺は全部下手くそだから。
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