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都内にある芸術大学でバイオリンを専攻していた私が新卒でこの会社に入社し、今年で早四年目。
その以来は毎日仕事漬けの日々を送りながら、それでも私は、大好きなクラシックが自分のすぐ傍らにある生活にとても満足していた。
「お会いできて光栄です」
朝の空港で、握手の手をそっと差し出した。
何の変哲もない私のその手をゆったりと見下ろした彼は、小さく息をついてから不承不承というように握手に応えた。
長いクラシックの歴史上でも最高のバイオリニストと謳われるニコロ・パガニーニの名を冠した国際コンクールで、当時十四歳の少年が史上最年少で優勝を果たした。
おおよそ十四の少年には似つかわしくない圧倒的な技巧に、それを支える類まれな表現力。その才能が世界に鮮烈なインパクトを与えたことは疑いようもない。
その驚異的な超絶技巧がゆえに『悪魔』と呼ばれたパガニーニ。それを彷彿とさせるような天才少年の出現に、あれから十年が経った今でも世界中が魅了され続けている。
そのバイオリニストは名を、朝倉陽という。
今から十年程前、コンクールで優勝した当時の彼はまだあどけなさの残る、けれど恐ろしく綺麗で儚げな美少年という印象だった。
それが成熟した今、当時からの美貌と飄々とした雰囲気をそのまま残した彼は、けれど精悍な顔付きの青年へと変貌を遂げていた。
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