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朝倉さんの場合、最初にデビューした際にアースミュージックと同じ系列に属するドイツのレーベルと専属契約を結んでいる。
そのため彼自身のブランディングを兼ねた総合的なプロデュースは向こうの担当者が行っているので、私はあくまで今回のCD製作のみを代行するような位置づけだ。
「レコーディングには必ず連れてきますので」
「今回アルバムに収めさせていただく曲はどれも相当な集中力と体力が必要ですから、ぜひ万全の状態で臨んで頂ければ」
曲目リストに視線を落とす。
もしも私が朝倉さんの立場にいたら思わずぞっとしてしまいそうな難曲揃いの曲目は、彼の専属であるドイツのレーベルの担当者がすべて決めたものだ。
「どの曲も最高難易度と名高い難曲ばかり…」
「朝倉さんは手が通常の人よりもかなり大きいですよね?指も長くて羨ましいです」
「羨ましい?」
私の言葉選びが不思議だったのだろう、枝光さんはこてんと無邪気に首を傾げるから可愛らしい。
とろんとした素材の白いワイドパンツにシンプルな紺色のトップスと合わせている彼女は、業界柄オフィススタイルにしてはカジュアルだけど、おしゃれで大人っぽい服装が、綺麗な顔立ちによく似合っていた。
「私も実は昔、バイオリンをしてまして」
「そうだったんですね!」
「先日彼と空港で握手をした際に、あの大きな手と長い指にちょっと感動してしまって、朝倉さんのあの超絶技巧はこの手に生み出されているんだなあと」
自分の手が酷くちっぽけに思えた。
最後の最後まで、結局凡庸な音色しか奏でることの出来なかった私のこの手は、朝倉さんのものよりも随分と小さい。
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