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「嫌だったら出るから、言えよ」
「嫌じゃないよ、楽しい!」
「ほんと?」
聞き慣れない激しい声と、音。
感情の昂ぶりすべてをぶつけたようなその音楽は爆発的なエネルギーを帯びていて、静寂の中に響き渡るクラシックの荘厳な音色とは、また違った魅力がある。
「甲斐!」
バンドの演奏が終わって、ようやく音楽が止んだ箱の中からぞろぞろと人がはけてゆく中に男性の声が親しげに響く。
「お、主役のお出ましじゃん」
「久々だな、なんか雰囲気変わった?」
「こっちはもうしがないサラリーマンだからな」
「そんでここぞとばかりに美人の彼女連れて見せびらかしに来たのか?」
「残念ながらただの同期だよ」
彼女って言えたらよかったんだけどな?と悪戯に見下ろされて戸惑った。さっきまでステージ上で豪快にベースを掻き鳴らして彼は、そんな私に人懐こく笑いかける。
大倉さんというらしい彼は、ダボっとした黄色いTシャツに細身のスキニーパンツを合わせて、肩につくほどの長さの髪を後ろでひとつに結んでいる。
これが世に聞くバンドマンですか。
なんだろう、予想外に普通の人でびっくりした。
「初めまして、今日はありがとうございます」
「甲斐くんの同期で成宮と言います、この度はデビューおめでとうございます」
「あざす!コイツちゃんと働けてます?」
「もちろんです」
大倉さんの気さくな態度にほっとしながら頷く。
ライブ会場の中では吐き出されたお客さんと入れ替わりで運営スタッフが流入し、慌ただしく撤収作業が始まっていた。
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