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「じゃ、またお店に来てね」
「明日お伺いしようと思ってたところです」
「それは楽しみに待ってるよ」
お邪魔したね、と軽く私たちに頭を下げた店長は重そうなビニール袋を持ち直して去ってゆく。
ロマンスグレーの髪を後ろでひとつに束ねた店長の背中を見送ると、隣の甲斐くんが物珍しげに唸りながらゆるりと腕を組んだ。
「どんなお店の人?」
「なんか、バーみたいな雰囲気のお店かな?」
「バー?」
白いシャツに黒のベストを羽織りサロンを巻いた格好の店長は、明らかにカフェの店員というよりは夜のお店の雰囲気がある。
きっとそれが私とは不釣り合いだと思われているんだろう。甲斐くんからまじまじとした視線を向けられて苦笑いが浮かぶ。
「そこのお店にはステージがあってね、大きなグランドピアノが置いてあるんだけど、時々演奏が始まるの」
「へえ、それなら納得」
合点がいったというように甲斐くんがにこっと爽やかに笑う。それからまた店探しを再開した彼の横顔を見ながら、心の中でほっと安堵の息を漏らした。
…あれ?
今なんでほっとしたんだろう、私。
朝倉さんのことにまで話が及ばなかったことに安心するなんて、なんか変じゃない?何か疚しいことがあるわけでもないのに。
でもなんとなくあのお店のことは私だけの秘密にしたかった。あそこで楽しそうに笑う朝倉さんを独り占めしたくて。
独り占めも何も、元から私のものではないのに。
…変なの。
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