Music.04:情動

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「昔からバイオリンが大好きで、才能だって並外れていたけど、子供は褒められなければ自分の価値に気づけないだろう?」 「褒めてくれる人が、居なかったんですか?」 「少し難しい境遇だったんだ」 その穏やかな音楽にまぎれた店長の声は重い。 どこかに後悔の色が滲む。 子供の頃から平凡な家庭で育ってきて、普通に学校に通って、好きな楽器を弾いて、そんな風に今までの日々を過ごしてきた私はきっと他人の傷に疎い。 「店長と朝倉さんは、いつから?」 「僕が初めて陽に会ったのは、あの子が生まれたその日だったよ」 「…そんなに昔から」 それなら爺ちゃんと気安く呼んで店長を慕う朝倉さんの様子が、まるで実の親子のように親しげなのも納得がいく。 店長はグラスに注いだ水で口を湿らせて、困ったように眉を垂らした。どこまで踏み込んで聞くことが許されているのかを、私はまだ測りかねている。 「陽は特別な子なんだ」 子供の頃の彼の弾くバイオリンはとても気まぐれで、心の向くままにその表情を変えた。その時々の感情のすべてを音楽で表現してしまうような彼を、誰もが天才と疑わなかった。 父親の影響でたった三歳の頃から始めたバイオリンは、当時からその才能の片鱗が垣間見え、彼のご両親は自慢の息子を大層可愛がって大切に育てたという。
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