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「ディスコグラフィーの発売は今年の冬を予定していますから、また改めてスケジュールに関しては詳しくお話しましょう」
「レコーディングって何回やんの?」
そんなことを話し始めたところで、出し抜けに開いた会議室のドアから朝倉さんが颯爽と現れる。
それに同時に振り返った私と枝光さんからの視線を受け止めて、朝倉さんはふんと居丈高に鼻を鳴らした。
「来ちゃ悪かった?」
「悪くわないわよ、でも体調は平気なの?」
「治ったよ」
枝光さんの隣の椅子を引くと、ぞんざいな態度でどかりとそこに腰掛ける。
「で、レコーディングは何回?」
「今回の収録曲は全部で十五曲ですので、一度に三曲ずつ、五回を予定しています」
「ほんと何度見ても鬼畜な演目だね」
「弾き手にとっては過酷な難曲ばかりであることは重々承知していますが、朝倉さんの演奏技術を今回のCDの中で披露するにはどれも打ってつけの楽曲で…」
「まあ俺のバイオリンはテクニックだけだしね」
「そんな!」
皮肉ぶって囁く朝倉さんに、思わず腰が浮いた。
そんな風に思ったこと、一度もない。
確かに彼の言う通り、技術力に優れた技巧派と呼ばれるバイオリニストは時に、テクニック頼みで表現力に乏しいという批判を受ける。
だがバイオリンという楽器は、針の穴に糸を通すかのように緻密さの要求されるもので、『ただ楽譜通りに弾く』というその行為自体が途轍もなく難しい。
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