Music.05:逢引

10/19
前へ
/371ページ
次へ
「ヴェニスに死す、ですか」 「見たことある?」 「いえ、題名を聞いたことがあるくらいで」 「俺も」 なんか全然面白くなさそう、と考え無しに呟く朝倉さんに、往年の名作に向けてなんて無礼な発言をと思いながら、周りの人に聞こえてないか肝を冷やす。 今日は貸し切りにされているらしいその映画館の中には、簡単な立食形式の食べ物と、バーカウンターには足の細いグラスに入ったシャンパンも用意されていた。 「座席指定あるんだね、何か食べ物いる?」 「なんだか映画にシャンパンとチーズというのも変な感じがしますね?」 「まあ確かに成宮さんにはコーラとポップコーンのほうが似合うよね」 「それは絶対貶してますよね?」 「さあ?」 相変わらず意地が悪い。 バーカウンターの奥に立っていた男性スタッフからシャンパンを二つ貰って、彼はそのうち一つを私に差し出した。 指示通りの座席に腰かけた朝倉さんは、ゆるりと長い脚を組んでシャンパングラスを傾けている。 こんな風にきちんとした格好でお酒なんか飲んでいると、朝倉さんの気品漂う佇まいは、まるで絵画の中から飛び出してきたようで今さら緊張してしまう。 「ヴェニスって行ったことある?」 「行ったことないですね」 「綺麗な街だよ、新婚旅行にもおすすめだから噂のイケメン彼氏と行ってきたら?」 「だから彼氏じゃないって何度言えば…」
/371ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1440人が本棚に入れています
本棚に追加