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「ヴェニスに死す、ですか」
「見たことある?」
「いえ、題名を聞いたことがあるくらいで」
「俺も」
なんか全然面白くなさそう、と考え無しに呟く朝倉さんに、往年の名作に向けてなんて無礼な発言をと思いながら、周りの人に聞こえてないか肝を冷やす。
今日は貸し切りにされているらしいその映画館の中には、簡単な立食形式の食べ物と、バーカウンターには足の細いグラスに入ったシャンパンも用意されていた。
「座席指定あるんだね、何か食べ物いる?」
「なんだか映画にシャンパンとチーズというのも変な感じがしますね?」
「まあ確かに成宮さんにはコーラとポップコーンのほうが似合うよね」
「それは絶対貶してますよね?」
「さあ?」
相変わらず意地が悪い。
バーカウンターの奥に立っていた男性スタッフからシャンパンを二つ貰って、彼はそのうち一つを私に差し出した。
指示通りの座席に腰かけた朝倉さんは、ゆるりと長い脚を組んでシャンパングラスを傾けている。
こんな風にきちんとした格好でお酒なんか飲んでいると、朝倉さんの気品漂う佇まいは、まるで絵画の中から飛び出してきたようで今さら緊張してしまう。
「ヴェニスって行ったことある?」
「行ったことないですね」
「綺麗な街だよ、新婚旅行にもおすすめだから噂のイケメン彼氏と行ってきたら?」
「だから彼氏じゃないって何度言えば…」
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