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トレンスキーは戸惑いながらラウエルとアンティを見比べた。
「しかし、こんな小さな子をワシらの都合で危険に晒すことはできん。そもそもワシ、子どもなんて育てたことないし無理じゃよ」
及び腰な様子を見せるトレンスキーに、ラウエルは不思議そうに首をかしげる。
「元々、君が見つけなければこれは川辺で力尽きていたのだ」
「それはそうじゃが……」
「では町の入り口まで案内して、そこに置き放してゆくのだ?」
「そ、そんな無責任なことは。いやしかし、強引にワシらの旅に連れ回すのも無責任が過ぎることじゃ、し……」
おろおろと言葉を重ねていたトレンスキーが不意にはっと口を閉ざす。すぐに考え込むような険しい表情で視線を床に落とした。
「……責任。責任、か……」
そう呟いたトレンスキーの眉根には、苦悩するように深いしわが刻まれていた。
長い沈黙の後、トレンスキーはゆっくりと椅子を立った。
寝台に座るアンティの前まで来たトレンスキーが両膝を床について視線を合わせる。アンティの顔をのぞき込んだ表情は何かを決心したように固くこわばっていた。
「アンティ。今までの話は、その、理解できておるじゃろうか?」
アンティは困ったように首を振った。
「……その、あまり」
「お主のいたであろう場所はな、招来獣によって壊滅していた。もしも記憶を思い出したとしても、お主には帰る場所がなくなってしまったかもしれんということじゃ」
アンティがトレンスキーを見つめる。
金色の目に浮かんでいるのは悲しみではなく困惑だった。途方に暮れているといった方が正しいかもしれなかった。
「それで、お主の今後なのじゃがな……」
トレンスキーは一瞬迷うように言葉をつまらせたが、深く息を吸ってアンティに言った。
「ワシの弟子にならんか、アンティ?」
アンティの目がきょとんと見開かれる。その唇が不思議そうにトレンスキーの言葉を繰り返した。
「弟子……?」
「ワシらは今、招来獣を”還す”旅をしている。自分で言うのもなんじゃが危険が多い旅じゃ。無関係のお主を連れてゆくのは正直気が引ける。じゃがお主がワシの弟子ならば話は別じゃ」
トレンスキーは薄青色の瞳をまっすぐにアンティに向ける。
「弟子ならば、お主はワシらと共に来る必要が生まれる。ワシはお主を守り育てる責任が生じる。……今は、それ以外の案が思い浮かばなくてのう」
トレンスキーは少しためらった後で、そっとアンティの右手に触れた。
つい先ほどナイフを握っていたとは思えない、小さな子どもの手。それを自分の両手で包みこみながらトレンスキーはゆっくりと言葉を紡いでゆく。
「お主が今までどんな暮らしをしていたのかは知らぬが。何も覚えておらぬのならばそれで良い。ワシらと共に新しいことを学んでゆかないか。アンティ・アレットとして。……四精術師の、弟子として」
アンティは握られた手を不思議そうな面持ちで眺めていた。視線を上げると、どこか泣き笑いにも似た表情のトレンスキーと目が合う。
「アンティ、ワシのことをどうか、師匠と思ってついてきてはくれないか?」
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