招来術師たちの会話

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 頷いたエミリオは、ふと執務机の端に置かれた書き損じの紙に目を向けた。トビアが直前までしたためていたものだ。 「相変わらず清書のお手本のような字を書かれますね、トビア様は」  夏の空色のような濃い青の瞳が紙面に連なる文字を眺める。エミリオは小さく笑って机を離れると、来客用のソファに腰かけた。 「そんなに綺麗な字で書かれたものが、フェーダの司祭様に宛てたご機嫌うかがいのお手紙なんて。なんだかもったいないですね」 「それは嫌味ですか、エミリオ?」  報告書に目を落としたまま淡々とトビアは言う。  対するエミリオも朗らかに答えた。 「とんでもない、むしろ感謝してるんですよ。俺たちが今でも招来術師(しょうらいじゅつし)をやっていけるのは、トビア様たちがそうやってお偉方に愛想を振りまいてくださってるおかげですから」 「感謝とはまたおかしなことを。恨みの間違いでは?」 「他の方々はどうか知りませんけど。少なくとも俺は、トビア様やガロア様のおかげでやりたいことをやらせてもらってますから。……なあ、フィル?」  エミリオは膝の上に乗ってきた黒猫を愛おしげに撫でる。左の耳に金色の飾りをつけた黒猫は、薄紫(はくし)の目を細めてごろごろと喉を鳴らした。  トビアがちらりと報告書から目を上げる。呼び出された招来術師たちが揃って萎縮する執務室の中で呑気に愛猫とたわむれている青年を見ると、毒気を抜かれたように鼻を鳴らして言った。 「まあ、こちらとしても助かっていますが。あなたは他と比べると、かなり使いやすい人材ですから」 「使いやすい、ですか?」 「どんな所へ出向(しゅっこう)を命じても二つ返事で引き受けてくれますし。何よりちゃんと生きて帰ってきますから。……報告書はどうしようもなく雑ですけど」  エミリオの報告書を机に置いたトビアは軽く息を吐いた。 「向かった先の反応はどうですか?」 「最近は石を投げられることも減りましたね。白い目で見られることに変わりはありませんが。世間話にもそれなりに応じてくれるようになりましたし」  そこまで言ったエミリオが不意にソファから身を乗りだした。 「そうそう、聞いてくださいトビア様!」  大声に驚いた黒猫がエミリオの膝から降りてソファの端まで避難する。恨みがましい視線に気づくことなくエミリオは話を続ける。 「最近また出たらしいですよ、”救世主”が!」 「ああ、あの噂の……」  トビアの眉がわずかに寄せられる。 「白き獣を連れた、赤き衣の救世主。招来獣(しょうらいじゅう)に苦しむ町に突如として現れては人々を守り立ち去ってゆく、でしたか」  軽く握った右手をとんとんと額に押しつけてトビアは軽く目を細める。 「厄介なことをしてくれます。その人物、目的は一体何なのでしょう?」 「純粋に人助けがしたいのでは?」 「そんな聖人じみた理由で命を懸け続けられる人間がいると思います?」  呆れたような視線を向けられたエミリオは静かな笑みをトビアに返した。 「何か裏があると考えているのですね、トビア様は。そして、俺たちの不利益になるのではないかと危惧(きぐ)している」  トビアは答えない。  エミリオの青い瞳がちらりと机の端に置かれた書簡(しょかん)へと向く。 「まあ、アーフェンレイトの一件で俺たち招来術師はずっと肩身が狭いですからね。その救世主らしき人物が聖教区側(クウェンティス)につけば、最悪この工房だって取り潰されかねない。トビア様の頑張りも全部無駄になってしまいます」  淡々と、まるで他人事のようにエミリオは言う。  トビアはほんの少しだけ苛立たしげな表情を浮かべたが、すぐにそれを抑えて言った。 「エミリオ、帰ったばかりで申し訳ないですが次の仕事をお願いします」 「はい、トビア様」
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