二つの国と二人の術師

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 翌日の朝早く、トレンスキーたちはヒースの宿を発った。 「昨日はすみませんでした。お三方の良き旅路をお祈りいたします」  赤い目をしたリオは丁重(ていちょう)に別れの言葉を告げると、一つの包みを取り出した。 「これ、よかったら。昨日のアップルパイの残りです」  差し出されたラウエルは目を丸くしたが、すぐに手を伸ばすと大事そうに包みを受け取った。 「ありがとう、大切に食べるのだ」  村から出た三人は、くるりと迂回をして北側の山へと向かった。  元々は山菜を採りに村の者もよく訪れていたのだろう。踏みならされた道の周りは歩きやすいように枝が落とされていた。  先頭を歩くのはラウエルだった。その後ろにアンティとトレンスキーが続く。 「師匠(せんせい)」  朝の空気に響く鳥たちのさえずりの中、山道を歩くアンティがトレンスキーを見上げて言った。 「招来獣(しょうらいじゅう)は、どうして人を襲うのですか?」  トレンスキーがぎょっと足を止めた。見下ろした金色の目は真っ直ぐにトレンスキーを見つめている。 「ラウエルさんは招来獣ですよね。でも、敵ではありません。どうしてですか?」 「それは、その……」  トレンスキーは困ったように前を歩くラウエルをうかがう。二人の会話は聞こえているはずだが、ラウエルは振り向く素振りもない。  トレンスキーは息を吐くと、再び歩きだしながらアンティに答えた。 「招来獣は、招来術(しょうらいじゅつ)を用いて創られるということは以前教えたじゃろう?」 「はい」 「四精術(しせいじゅつ)を元にしつつ、新たな技術として派生した招来術。四精石(しせいせき)を核として半永久的に生きる生物を創り出す技術じゃ。術として認められたのもここ数十年といったところでな。それがまあ、……戦争に使えるかもしれぬという話になったのじゃよ」 「戦争?」  アンティの目がきょとんと開かれた。 「クーウェルコルトの北にカルア・マグダという帝国があってな。両国の間ではずいぶんと前から(いさか)いが絶えない。四精術や招来術はその過程で発展してきた面もあるのじゃがな。招来獣が凶暴なのは、創る際に人間が凶暴で(そう)あるようにと術で規定してきたからじゃ」  ちなみに、とトレンスキーは声をひそめてアンティに言った。 「ラウエルはそのように創られておらん。あやつが闘えない招来獣なのはそのせいじゃ」 「……そう、なのですか」  アンティは神妙な面持ちでラウエルの背を眺めた。 「それで、両国とも招来獣を大量に創って戦場に持ち込んだのじゃがな。確立されたばかりの技術というのは何かと予想外が起こりうる。それが、五年前に起こったアーフェンレイトの大災禍(だいさいか)じゃ」  トレンスキーは遠くを見るように薄青色の目を細めた。 「創り手である術師の死をきっかけに、招来獣が制御できなくなったそうじゃ。大量の招来獣が敵も味方も関係なく人を襲うようになり、クウェンもカルマもたちまち戦争なんぞしておれん状況に追い込まれてしまった」 「では今は?」 「先の見えぬ休戦状態、ということになっておるよ」  昨日のリオの言葉を思い返したトレンスキーは苦い表情で息を吐いた。 「あの一件以降、招来術師を見る目も変わった。(クウェン)を救う英雄とまで言われていた役職から一転、今ではどこへ行っても非難の的じゃ。さぞかしやりきれぬじゃろうな」  前を歩くラウエルは何も言わない。木漏れ日の差す道には三人の足音と夏鳥たちのさえずり、そしてトレンスキーの独り言のような声だけが響く。 「ワシらが相対しているのはそういった、人の都合(エゴ)で創られ人の勝手(エゴ)で退治される招来獣なんじゃよ。被害にあった無辜(むこ)の人々の怒りや嘆きは痛いほどに分かるが。それでもワシは、招来術師にも、招来獣にも、救いはあってほしいと思うのじゃ」 「救い……」  アンティが不思議そうに言葉を繰り返す。 「救いとは何ですか、師匠(せんせい)?」 「ん、それは……」 「どうすれば、救いになるのですか?」  黙り込んだトレンスキーに代わって、先頭のラウエルが二人を振り返って言った。 「ここで一度、道が途切れているのだ」
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